――楽園とは、我らが戻るべき故郷である――
誰かがそう言っていた。そうだと言ったのは誰だったろうか。
「ひぃ――ま、ままま待ってくれ助けてくれ! い、命だけは……!」
うっすらと目を開けた。時刻は――夜か。
夢を見ていた。遠い遠い過去の夢、まだ清らかだった頃の夢。
あの頃は幸せだった。誰も彼をも信じる事が出来た。世界は美しかった。
「なんだ……なんなんだよお前は! お、おれはこれをネフェルストに運ぶ予定だっただけで……ほ、ほら積み荷が欲しいならやるからよ! 馬車の中を見てくれ! 活きの良い――幻想種だ!!」
きっと外もそうなのだろうと思っていた。だってあの人が語っていたから。
言葉を聞く度心臓が跳ねあがって、気持ちがふわふわして――
「な、ひッ――やめ、触るな! たす、助けて! おねがいしま――あ、ぁあッあ――」
でも全部奪われた。
奪われた。奪われた。なんで、どうして? だって相談もしたのに。だから知ってた筈なのに。
なんで?
「――」
砂塵が舞った。
月明かりの照らす、その場に在ったのはフードを被った一人と大型の馬車と砂のみ。
歩き出す。フードの人物は馬車の後ろに回って、荷台の中を見据えれば。
「ひっ……だ、誰?」
見据えれば――どうも幻想種が数名、乗せられている様だった。
奥までは暗くて何人いるのか分かり辛いが。一番手前の者の服装を見れば――懐かしい。
どうやらこの者達は『深緑』に住まう者達の様だ。手には鎖。足にも鎖。
首にもご丁寧に重厚な首輪が付いていて。ああ本当に、自由な動きが出来ぬ様に繋がれているその姿は――
「……懐かしいね」
フードの者が馬車に手を触れた。そして次の瞬間。
馬車が――荷を引いていた馬諸共『砂』へと一瞬で変貌する。
馬は断末魔を挙げる暇すら許されなかった。
馬の肉は砂に。馬車を構築せし鉄は砂に。覆う布も砂に。全て全て一瞬で砂となる。
――ただ幻想種達とそれらが身に着けていた衣類、そして鎖以外は。
「ひっ……ひッ!?」
怯える幻想種達。何が起こったのか分からず、尻もちを付いて後ずさって。
そんな子達に――『彼女』はゆっくりと近付いて。
「大丈夫だよ」
優しく、呼んで。
「一緒に行こう?」
その脳髄を『狂気』に染め上げた。
夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
そうしないと眠たい砂が降ってきて『ザントマン』に攫われてしまうよ――
夢を見ていた。遠い遠い過去の夢、まだ清らかだった頃の夢。
お■ちゃんが語ってくれた、深緑に伝わる御伽噺。
「……ネフェルスト、か」
久しぶりに聞いた名前があった。砂漠の中にあるという都の名前だ。
一つの方角を向いた。記憶が正しければ、恐らくこちらの方角の筈。
いるのだろうかこんな子達が。鎖を付けられ運ばれている――幻想種達が
「……」
行ってみようかあちらの方へと。
『私と同じ』子達がいるなら、救ってあげないと可哀そうだ。
深緑も、ラサも楽園などには程遠い。
「……うん?」
立ち上がり、歩き出そうとしたその時。
黄色い花が足元にあった。こんな所に花なんて咲くはずがないのに、どうしたのだろうか。
手に取り眺める。ああこれは、そうだ。いつの日か、お■ちゃんと一緒に深緑で眺めた事のある……
季節外れの――イエロー・カーネーション。
大規模な事件が立て続けに発生しています。
イオニアスの北伐を阻止するため、ローレットが動き出しています。
ユリーカレポート『ザントマン事件』が公開されました。