「……と言う訳だ。状況は聞いての通り、聞きしに勝る大騒ぎだな」
溜息を吐いたレオンに集まった情報屋三人は苦笑した。
「とっても心外だけど、これを表現する色は『ブラック』のみね」
「おや、血の色の『レッド』も混ざるかと思ったけど」
「……ショウ、笑えない冗談を聞く気分じゃないの」
プルーの言葉にショウは「悪いね」と肩を竦めた。
幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の公演が始まってから幾分か経つ。
公演は噂通り大層立派なもので、ユリーカも含めた四人も一度は見に行った。
確かに評判が上がるのは当然で、噂になるのは当たり前ーーそれは共通認識である。
「最新の報告をするのです。
誘拐事件に、鍛冶屋のおじさんの辻斬り……
……一番気になるのはイレギュラーズの偽物事件なのです。
皆、大変な事件を一生懸命追いかけているのです。酷いのです」
大きな瞳を潤ませてそう言うユリーカは余程憤慨しているのだろう。その顔色は赤らんでいる。
「……ま、揃いも揃ったり酷い有様だ」
そんなユリーカの頭にポン、と手を置いたレオンは何時に無く真面目な顔をしている。
「これまでの『公演』でこれだけの『不吉』が起きたって話は聞いた事がねぇ。
蛇の道は蛇ってな。長い間やくざな仕事してりゃ、伝わってくるモンも多い。
この俺が知らねぇって事は少なくともサーカス絡みの過去にねぇって事だろう。
まぁ、これが初めての事態だとして。それを前提にした時、考えられる可能性は何だと思うね」
「まず、『変異』。現象自体が変わった場合。これまではこうでなく、今回からこうなった。
その場合はもしかしたら、当事者の意識にはない受動的な変化かもね」
プルーの言葉をショウが継ぐ。
「次に『意識』だな。この事態を起こしている何者かが居るとするなら、ソイツが本気になったって事。
こちらは能動的な目的意識や悪意を帯びているかも知れない」
「どちらだと思うね」
「そりゃあ」と言葉を揃えかけたプルーとショウに代わってユリーカが言い切った。
「悪い奴が居るに決まっているのです!」
ユリーカの言葉は酷く感情的なものだったが、同時にある種の正鵠も射抜いていた。
一連の事件は自然発生するには余りにもドス黒い。タールのように煮詰めた悪意は高度な知性と意志を感じさせる志向的な邪悪そのものだ。勘に過ぎないが、面々は自身の直感を現時点で疑っていない。
「生憎と俺も余り遭遇した事はないがね。今回の事件は『魔種』絡みの可能性を疑ってる。
連中の『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』は魔種を増やし狂気を伝播させるって聞くからな。
まぁ、魔種がゴロゴロしてるとは考え難い。魔種化と狂気感染は別レベルの適性が必要なんだろうがね。
何れにせよ、力のある魔種が『本気』になって力を解放している、何てストーリーは納得がいかないかい」
「……………」
「……いよいよ、って感じか」
無言のプルー、苦笑のショウ。恐らくは考えた所は一緒だろう。
一先ず最も疑いが濃いのは言わずと知れたサーカスだ。連中が仮に魔種ならば、その拡散力は極めて高い。
原罪の呼び声の仕組みは分からないが、もし。感染した誰かがキャリアーとなり、その呪いを周囲にばら撒くのだとすれば。
嗚呼――『国中から評判を聞きつけた観客がサーカスに会いに来ているではないか』。
現状に厄介な点は明らかだ。『花の騎士』ことシャルロッテが彼等を自主的に見張っているとは聞いているが、恐らくは何の証拠も上がるまい。となるとサーカスの庇護者となっているフォルデルマン三世の存在がいよいよ重い。何らか強力な材料を『てこ』にして状況をひっくり返さねばこの流れは止まるまい。
「大規模召喚が起きた以上、反動する勢力が黙っているとは思わなかったけど。
この国の、いえ。この世界の運命も、これから動き始めるって事なんでしょうね」
アコナイト・バイオレットのヴェールは行く手を厚く包む。
誰にもこの先の未来は分からなかったが……
「売られたケンカは買うもんだろ」
「そうなのです! 悪いやつをやっつけるのです!!!」
レオンの言葉にユリーカは大きく頷いた。
「ローレットが反撃するのです! やり方は……これから、考えるのです!!!」