幻想北部、アーベントロート別邸。
平素、他派の貴族がこの場所に集まる事は無いが、この日ばかりは別だった。
不倶戴天――とまでは言わないが犬猿の仲で知られるフィッツバルディ家、やり方が大いに違う為、滅多に連携を取る事は無いバルツァーレク家、そして当然ながら家主であるアーベントロート家に連なる貴族達がかの屋敷に一堂に会している。
『新生・砂蠍』を名乗る大盗賊勢力が幻想を荒らし回って暫くが経つが――今回の動きは出色のものだった。
様々な問題を抱えた幻想貴族ではあるが、『自身の寄る辺を守る事』にだけは大変熱心である。今この瞬間の会合が示す通り、いざ自身の権益が侵され得る状況ともなれば、その時ばかりは一致団結を見せる連中なのである。盗賊王の軍勢が単なる収奪に留まらない国盗りの動きを見せている以上、貴族同士の対決が一旦休戦となるのは当然の事だった。
「北部戦線は予断を許さない状況のようですね。
一方で幻想南部に侵攻を開始した盗賊王の手勢はかなり大規模な攻勢を強めている模様です」
「ふむ」
「地政学的に南北に分かたれた『敵』の配置は或る種の挟撃を達成しています。
盗賊と鉄帝国の連携は不明ですが、敵の敵は味方という言葉もありますからね。
少なからず彼等はこの好機をお互いに利用し合う関係には成り得るでしょう」
「下賤の輩めに、何ぞ知恵をつけたものがおるようだな。
痴れ者の目的は知れぬが、余りにも不自然な動きではある。
鉄帝国の将帥がザーバ・ザンザである以上――かような動きは無いものと思っておったが」
『遊楽伯』ガブリエルの言葉に苦虫を噛み潰したように呟いたのは『黄金双竜』レイガルテである。
高齢のレイガルテは他の貴族よりも長らく鉄帝国の脅威と相対している。その彼をして余り前例に覚えがない今回の状況は、存在するかも知れぬ『何者か』を疑わせるには十分だったという事か。
「……」
専ら貴族同士の軍議はこの二人を中心に行われていた。
それは当然ながら立場、権威の問題であり、他にも理由があった。
周囲の貴族が派閥の領袖たる大貴族のやり取りに、口を挟めない最大の理由は最後の一人である。
「……本当に鬱陶しい、羽蟲共!
如何なる思惑があろうとも、諸共叩き潰して差し上げますわ!
ああ、本当に苛立たしい。いっそ私が直接消して差し上げようかしら」
平素は余裕の色を崩さない『暗殺令嬢』リーゼロッテの極上の美貌が激しい怒りに歪んでいた。
幻想一危険とも称される美貌の令嬢の明確な殺気に一同は震え上がるばかりである。
幻想北部を主な勢力圏とするアーベントロート家は、幻想貴族きっての武闘派である。必然的に北部戦線で鉄帝国と直接相対する機会も多い彼女が動きにくい状況に非常なストレスを感じているのが見て取れる。
「そう急くな。アーベントロートの。わしとて下賤に領地を荒らされておるのだ。貴様と同じ心持ちよ」
「……公爵様の領地はまさに『幻想南部』ですものねぇ」
「然り。故に怒りは同じよ。故に戻りたいのは山々だが――
貴様の管轄たる北部の防衛にも助力しておるのは偏にこれがレガド・イルシオンの問題に違いないからだ。
北部戦線が乱れれば、メフ・メフィート――つまり我等の中央が危険に侵されかねん。
陛下もこれは望まず、我等に『全力の防衛』を命じられておる」
言葉をより正しくするならば『フォルデルマンはそう命じさせられている』だが、それはさて置き。
「貴方に万一があれば、それこそ国の一大事です」
「あら、ご心配下さいますの? 流石にお優しい。
しかしながら、遊楽伯。貴方は身共が失敗するとでも?」
「いいえ。しかし、鉄帝国の連中は『薔薇十字機関(アサッシン)』の対応に慣れておりますからね。
我々も援護します故、どうかお気を落ち着けになりますように」
政敵に加え、ガブリエルも言葉を添えればリーゼロッテは一つ咳払いをした。
相変わらずその愛らしい顔立ちにはらしからぬ表情が浮いているが、触れない方が幸福というものだろう。
「皆も、手をこまねいているばかりではないでしょう?
私も含め、この所の幻想貴族はこういった時にどうすれば良いか、どうするかの選択肢を得ている筈だ」
「特にお二人は同じでしょう?」とガブリエルが念を押すと、レイガルテは鼻を鳴らし、リーゼロッテの険しい表情は少し緩んだ。
三人が思い描いたのは同じもの。
南部の盗賊王に対応を依頼したイレギュラーズの顔、ローレットの事である。
「ザーバとて、力押しで我々の結集を押しのけられるとは思っていますまい。
軍勢を動かす気配を見せているのは、半分は南部盗賊王の動きに対してのアシスト。
もう半分は、あんな名将の考える事。私程度では及ぶべくもありませんがね」
三貴族におけるバランサーの役割を果たすガブリエルは一先ず幻想側の暴発を抑える事を考えていた。
それは盗賊王に対応するローレットを信頼してのものでもある。相手の侵攻となれば交戦は是非もなしだが、後顧に憂いを持って『こちらから』開戦の判断を切れば、どれ程の民に災難が及ぶかは分かったものではない。少なくともそれは率先して判断するべき最良ではないと考えている。
(頼みますよ、皆さん)
不思議なものだ、とガブリエルは考えた。
あの傲慢な黄金双竜も、怒れる幻想の青薔薇も。
彼等を示せば、不思議に落ち着く――
「ふふ。確かに賊徒共等、私達が手を下すまでもない。料理を待つ獲物のようなものでしょう。
……上手くやって頂けたら、またお茶会にでもお呼びしようかしら」
――特にリーゼロッテの機嫌は驚く程、『戻っている』ではないかと。
※『盗賊王』の軍勢が幻想南部に本格侵攻を開始しています!
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