ごうん、ごうん――音が聞こえる。
「儀式を始めよう!」
誰かの声だ。耳馴染みのない、不快な響きだった。
――が其処に居る。辞めて、助けて、と叫んでる。それでも儀式は止まらなかった。
「『血潮の儀』」
――血潮の儀?
聞き覚えのない言葉だった。けれど、それが『悪い事』である事は分かる。
ごうん、ごうんと音がする。ソレは沢山の人の命を喰っていた。
まるで、私達が牛や豚を殺して喰う様に。何の感慨も何の罪悪だって感じる事無く食っていた。
燃料なんだ。私達が牛や豚を喰うのと一緒。命を喰らって動くんだ。
……ああ、動き出した。ごうん、ごうん、音を立ててどんどんと動いている。
少し前にイヴァンが連れて行ってくれたスチールグラートの街だ。不幸の魔女である私に臆す事なく連れて行ってくれたのだ。
『ラウラ、見てみろ。あれがラド・バウだ』
――その周りはこんなにも赤々と燃えて居なかったでしょう?
『ラウラ、果物でも食うか。……腹が減っている人間に施しを与えない程、腐ってはいない』
――この場所はこんなに更地だったかしら。
『私』は走った。街が燃えている、真っ赤に視界が染まっていく。空までも赤く見える程に炎が揺れている。
『私』は足を縺れさせた。遠くで人がソレに轢かれていく。ぺしゃり、と道端の蟻のように潰されていく。
『私』は目を瞠った。崩れ去っていく建物さえソレが踏み付けて全てを無に帰していく。子供の作ったつみきの様に呆気ない。
――イヴァン、イヴァン、イヴァン、どこ!? イヴァン!?
視たんだ。
視た。
貴方は血塗れになって一人ぼっちで死んでしまうんだ。
厭だ、厭だ、厭だ――!
ソレが近づいてくる。
悲鳴が聞こえる。耳を劈いて、痛い位に鼓膜を揺さぶった。
――ねえ、魔女と呼ばれてもよかったの。たくさんの事を諦めたの。
――だから、ねえ。
――かみさま、
――どうか、助けて。
ソレは獣の鼓動の様に規則正しく、そして、腹を空かせるかの様に只、苛立ちを感じさせて。
『私』は彼の名前を叫んだ。まだ、好きだと口にして居ない、もっと、傍に居たかった。意気地なしの私が泣いている。
――けれど、その声はもう、彼には聞こえなかった。大口開けたソレは彼ごと街を呑み込んだ。