人々が『絶望の青』と呼ぶ外洋は、人智及ばぬ摩訶不思議なる海域である。
絶望の青に平穏は無く、よしんばあったとしてもそれは一過性の奇跡に過ぎない。
その過酷にも安寧にも再現性は無く、一帯は今日も『意志を持つ嵐』に覆われていた。国力の乏しさゆえに外海に活路を見出した――否、見出す他は無かったネオフロンティア海洋王国。その希望に口と軍を挟んできたゼシュテル鉄帝国の干渉を痛み分けに近いながらも退けて、ようやく発布された二十二年振りの『海洋王国大号令』――その決死の営みをまるで嘲笑うかのように。
けれどもそんな嵐の只中に、一隻の船が揺れている。
不自然な光景である。荒海に船は木の葉のようで、単艦航海等この海では自殺行為に他ならない。
ならばそれは――そう、絶望の青に怨嗟を響かせる『幽霊船』だろうか?
いいや違う。歪ながら船には生の形があった。ぎらつく欲望が、未だ前を向き続ける――死者には無いある種の生々しさが。
成る程、その甲板の上をよくよく見れば、そこにはどこか不気味さと禍々しさを感じさせる鎧の人物が佇んで、確かな意志とともに西の水平線――陸の方角を見つめている。
「まさかお前が、そんな苦労をしていたとはなぁ」
その男が「なあ兄弟」と誰へともなく呼びかけたなら、嵐の海はぶくぶくぶくぶくと泡立った。
不意に船の周囲に黒々とした影が浮かび上がって、『それ』は嬉しそうに海中で応えの言葉を発していた。
「オre……クル、kルるナnaイ、兄弟」
「そうかそうか。兄弟にそう言って貰えるのなら、俺も気が多少は楽になるさ」
影の言葉にそう返事して、くかかっ、と笑い声を上げてみせた鎧の男。
かつての仲間達にも「誰より海賊らしい」と称された豪放磊落な男は、見目こそ変わっても在りし日の姿をほんの少しだけ残していた。
「だがマァ、安心してくれりゃあいいぜ兄弟。今までお前にかけた苦労も、遂に報われる日が来そうなんだからなぁ」
「にshシっ、ヤくそkkkkk……ゼつboノノノ青……先ダrrrrro……」
「ああ、そうだ。俺たち『蛸髭海賊団』が、この海の覇者になる……あの巫山戯た魔種どもに代わってなぁ!」
傲慢極まるその言葉はまるで鎧の男が海に放った宣戦布告のようですらある。
そんな彼の発言に怒ったかのように巨大な三角波が海賊船を襲い、操船する骸骨船員たちを甲板の上へと放り投げた。船の上で揺らされなかったものは、この場にそぐわぬ聖剣を甲板に突き刺した、鎧の船長――オクト・クラケーンくらいなものだ。
「しかしなぁ……とは言ったものの、俺たちに残された時間もあとどれだけのものか」
オクトは海中の影に気取られぬよう密かに囁いて、今度は東の海原へと首を動かした。その先にはまるで腐った血のような色の海が広がっていて、嵐に掻き混ぜられてこちらまで腐臭を漂わせている。
「実際、鼻が曲がるぜ。あの性悪め」
そんなに妬ましいか。そんなにこの檻が、澱を破られたくないのか。
臭い。臭いだ。この絶望の青に染みついた、絶望の青そのものの臭い。
兄弟を、我が身を、過去も未来も、全ての勇者達を蝕む廃滅の――
「……だが、俺たちはツイてるぜ、兄弟。
普通なら何もなく『タイムリミット』だが、何せこっちには――」
独りごちたオクトは悠々と甲板を横切って船長室に向かうと、宝箱に無造作に入れてあった硝子瓶を取り出して、再び甲板へと戻ってきた。
「前の俺はお前に迷惑をかけちまったが、お蔭でローレットという宝にありつける。
兄弟よ、『俺達にはまだ逆転の目が残されてるんだ』」
小瓶を持って振り被り……思いっきり西の空へ向かってそれを投げ放つ!
カカカカ、と高く笑ったオクトは『魔種らしく爛々とその目を輝かせていた』。
「アイツらは敵に回すと厄介な相手だが……裏を返しゃ、上手く味方につけることができりゃあ有用だって事だろう!?」
数日後、『絶望の青』まで目と鼻の先の海域にて――。
「おい。あれは何だ?」
水面を監視していた水兵の一人が、一瞬の輝きに気付いて同僚を呼んだ。別の方角を見ていた同僚は振り向いて、何を見たのかと訊き返す。
「なんだ、どこにあるんだ?」
「ほら、今波頭が白く立ったところよりも少し右だ。波間に……あれは──硝子瓶じゃあないか? しかも中に、何かが入っているようにも見える」
前人未踏のはずの海域に漂う真新しい小瓶を見つけた水兵たちは、それが何か重要な手がかりなのではないかと考えて回収してみることにした。
小瓶には、一通の手紙と、海図が封じられていた。
父より長く会うことのなかった息子に愛を込めて。
※海洋王国の『外洋征服』が開始されました! ローレットにも依頼が出ています!
※絶望の青の限定クエスト『死腕のクリティアス』が発生しています。
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