「南の方での暴動事件ですが、鎮静化したようですね」
そう口にしたのは『穏やかな心』アクアベル・カルローネ(p3n000045)。ほっと胸を撫で下ろした彼女は呆けた様に晴れ渡った空の色をぼんやりと眺める。
この所、落ち着いていた幻想の世情を裏切るかのように始まった『魔種』による騒乱も過ぎ去れば凪。
悪しき気配が遠ざかり、暗澹の雲を晴らした先に或る空はこれ程まで明るいものか。
ローレットの受付テーブルを超える様にふわりと飛んだ小さな影――『小さな守銭奴』ファーリナ(p3n000013)は「そうですね。しっかり働いた結果がっぽがぽです」と満足げに頷いた。
慈善事業ではない。冒険者ギルドとしての仕事を果したのだ。可愛らしい妖精の姿をしていようともその性質的に『金銭』には抜け目ないのだろう。
ファーリナは算盤を弾くかの様な指先の動きを見せてくすくすと笑った。
「がっぽり?」
「勿論、がっぽりです」
首を傾げたブラウ(p3n000090)はぴよっ! と驚いた様に跳ね上がり嬉しそうに両翼をぱたぱたとさせた――哀しいかな、獣種であり飛行種ではないため、飛べない鳥だ。ヒヨコだから飛べないのも当たり前かもしれないが。
「貴族の方も、困ってましたから、よかったです」
しきりに頷く黄色のヒヨコ。天義の騒乱を開け、そして深緑で起こる幻想種連続誘拐事件の対応に追われる中でのローレットの膝元、幻想での暴動だ。
グレモリー・グレモリー(p3n000074)にとっても美しいキャンバスに描かんと願う街並みが害されるのは辛抱堪らん事であろうから、これが比較的軽微な被害で一先ず収まったのは僥倖とする他ない。
ローレットの窓より差し込む陽射しの暑さは体の芯まで冷えるような冷酷なる悪意を忘れさせるかのように暖かく、『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)が人心地ついたのも無理はない。
しかし、可憐な美貌を引き締めたままの彼女は未だ心から安堵する事は叶うまい。
「……これで、終わるとは思えません」
「そうだね。もしも絵画に描くとするならば――こんな『中途半端な暴動』では終わる訳がない」
「ええ。伯父はそういう男ですから」
グレモリーの言葉にテレーゼは窓硝子に指先這わせ唇を噛み締めた。
テレーゼの知る『彼』は、かの家はぞっとするような底冷えばかりを抱いている。ブラウベルグの娘として、領地を気に掛けない訳にはいかないが、自領ばかりに気取られていては『それ以上』さえ否めない。
さりとて、特異運命座標達へと自身らの調べられる限りの情報を与え、そして前線へと送り出す彼女は紛れもなく貴族の一員である。何と口惜しくも、『前線へ出る事が出来ぬ』存在に違いなかった。
テレーゼは情報屋達を振り返る。
「伯父は、もう一度くるでしょう」
その言葉に、緊張したような顔をしてブラウはファーリナを見遣った。
「……それは姪だから分かる、ってことですか?」
「ええ。私は『イオニアス・フォン・オランジュベネ』という男をよく知っています」
蛇のように絡み合うブラウベルグとオランジュベネ。
雌雄を決するべきは、解けないメビウスの如き『宿命』である。
だから――『ブラウベルク卿』は只、静かに――確かめる様な声音で言った。
「彼は、もう一度くる。きっと、必ず――
備えをし、もう誰も犠牲にならぬよう……私たちは私達のできる事を遂行しましょう」
――一度超えた闇夜。薄明の向こうに待つ蒼空の美しさを確固たる意志で守り抜く為に。
※イオニアス・フォン・オランジュベネの動向に注意が必要です……