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血塗られた海の上で

 巨大軍艦の甲板を激震が叩く。
 荒れた海の大波が横合いから被さるように砕け、辺りを酷い水浸しに変えていた。
「……やれやれ、だ。これは予想外と言わざるを得ないねぇ」
 ドレイクは、余りにも突然訪れた『最悪』の降臨に恐慌の声を上げるブラッド・オーシャンのクルーを見て苦笑する。
 滅海竜リヴァイアサン――
『絶望の青』に君臨する二人目の王の出現はフェデリア海域の戦いを全く別次元のものへ変えていた。
『挨拶代わり』の一撃で海洋王国の主力艦隊の何割かが吹き飛んでいる。鋼鉄の新鋭艦を駆るゼシュテルも流石にこの敵は想定していなかったに違いない。怯え竦む狂王種達の殊勝な姿も含め、事態は滅茶苦茶な混乱の坩堝にある。
「何が起きようと戦闘は戦闘だ。この何カ月かで中々見れるようになったと思ったら……
 やはり、まだまだと言わざるを得ないね。まったく。彼等には諸君を見習って頂きたい!」
 相変わらず芝居がかった余裕はそのままに、唸る風に負けじと声を張ったドレイクの視線の先にはイーリン・ジョーンズ(p3p000854)、イリス・アトラクトス(p3p000883)、アト・サイン(p3p001394)、リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)、新田 寛治(p3p005073)、ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371) ――六人のイレギュラーズが居た。
「……ったく、手こずらせやがって……お陰でこんな有様じゃねぇか!」
「まったくもって。諸君等程の戦力だ。加わればアルバニアを逃がす事も無かったかも知れないねぇ。
 尤も? その場合は、諸君は吾輩を止められなかった――いや、止めなかった事になる。
 海洋王国の船も鉄帝国の船も今頃藻屑だ。諸君等には受け入れ難い交換には違いないが」
 悪態を吐くバルタザールにドレイクは頷いた。
「見栄を切った位は、ね。まだまだ、やれる心算だけど?」
 眉を顰め、口元を歪めたウィズィが言う。
 彼女がそう言うからには――言わなくてもそうなのだが言えば尚更という事だ――
「そうね。もう一泡でも二泡でも吹かせてあげましょうか」
 ――イーリンもそれに乗るばかりである。
「今、面倒臭いって思ったでしょ」
 イリスの言葉に今度はバルタザールが苦笑した。
 戦いの最中、呆れた彼に「どんな頑丈さだ、この女!」と言わしめたのがこのイリスなのである。
 しかして、まだまだ健在なるドレイク、バルタザールの一方で海洋王国旗艦を狙った当艦――ブラッド・オーシャンを止める為に特攻を果たした彼等【騎兵隊】のダメージは余りにも甚大であった。無論、敵船上での戦いとは言え勇猛を見せるのが【騎兵隊】。敵陣の最中という不利を押してブラッド・オーシャンのクルーは複数名が倒したのは十分一矢を報いたとも言える。
 一方で先述の通りイレギュラーズに殆ど余力はない。命がけでもう一撃、言えば易いが簡単に成し遂げさせる相手でもない。
「こういう時、歴戦のキャプテンは何を考え、どう動くんだろうね。気にはなるね、大いに気になる」
「これ、そうハードルを上げてやるでない。何も無かったら敵ながらに気の毒になるじゃろ?」
 やれる事はと言えばアトやリアナルが皮肉や憎まれ口をお返しする事位で――
 今は殆ど満身創痍の状態で、肩を竦めたドレイクの出方を伺う他はなかった。
(さて――これは厄介だ)
 寛治は状況に思案を巡らせる。かねてからの乱戦とリヴァイアサンの出現で海域は大混乱に陥っている。
 既にここにのりつけた船は乱暴な肉薄戦で航行出来る状態に無い。【騎兵隊】の内、何人かの仲間は己が能力等を生かし、この戦場から退避する事に成功したのは朗報だが、今となってはブラッド・オーシャンに取り残された六人を助く力は何処にも無いだろう。
(このままならばあの竜にやられて全滅は必至。それはこの艦さえも例外にはない、ならば)
「実に不本意だ。吾輩の計画は予定外の乱入者に大いに乱されてしまった。仕方ないから、取引をしよう」
「……っ……!」
 ……寛治が口を開きかけたのとドレイクがそう言ったのはほぼ同時だった。
「そうだな、向いていそうなのは――そこの君もそう思うだろう?」
「……ええ、損得勘定は得意な方でして。『ここを勝者無き海』にはしたくないものですが」
 奇しくも言葉の方向は彼我で一致。しかし、飄々と受け流しながらも寛治は油断はしない。
 絶体絶命は同じだが、ドレイク陣営と自分達では不利の度合いがまるで違う。リヴァイアサンが暴れたとしても究極――このドレイクならば単艦、この海を逃げ遂せるやも知れないのだ。自分達を今度こそ完全に制圧した上で。
「どんな愉快な話が聞けるんだい?」
 口元を歪めたアトがドレイクを促した。
「そんなに愉快な話でも無いさ。本艦は作戦目標を失敗し、諸君等は敗北した。
 諸君等は生き延びたいが吾輩はそれを許す程のお人よしではない。
 だが、吾輩とて芳しくない。諸君の友軍がアルバニアを追い詰めたまでは計算通りだが、見ての通り――フェデリアを最効率で抜ける為のプランは崩壊気味、いやさ完全に崩壊だ。
 吾輩はたちどころに二択を選ばなければならない。
 一つ目は諸君等を速やかに殺し、海に投げ捨てた上でこの海域を一心不乱に脱出する方法。
 そして、こちらの方が重要だ。肝心のもう一つは――」
 ドレイクは言葉の物騒とは裏腹に茶目っ気さえも感じさせる調子でイレギュラーズに告げる。
「――もう一つは、諸君等に吾輩の『言い分』を呑んで貰う事だ。約束して貰う方法だ」
「……言い分、って……」
 思わず鸚鵡返しをしたイリスにドレイクは続ける。
「『吾輩は、何がなんでもこの海を越えなければならないのだよ。他の誰に先んじられる事も無く』。
 それは永遠の約束だ。『第十三回』。海洋王国大号令の中断を、吾輩は陛下から聞いていない。
 永きに渡りこの最大の好機を待ったが――吾輩の時間が長くても、バルタザール、クルーは違う。親愛なる友の残り香と、宝を目の前にした海賊の矜持と、些かばかり長すぎた時間への疲労と――兎に角。もう一度、この時を待ちたいとは思えない。
 故に――吾輩は一先ず矛を収め、連合側の実に貴重な戦力である諸君等を解放する用意がある。
 そればかりか、あの海竜を倒すというなら今だけは轡を並べる気持ちさえあるのだよ。
 諸君が、一つばかり約束をしてくれるなら」
 ドレイクの言葉にバルタザールが小さく息を呑んだ。
 変わった風向きはイレギュラーズにとって望外のものだった。
 リヴァイアサンの先制攻撃を受けた連合艦隊は混乱に陥っているが、超一流の船乗りである彼等はやがて態勢を立て直すだろう。依然滅びぬアルバニアとそれを相手取るならば、フェデリアの危険なる第三勢力であるドレイクが味方につくのはかなり大きい。
 しかし……
「約束、約束って。そう念を押して――どんな約束をさせたいのかしら?」
 目を細めたイーリンの言う通り、ドレイクの狙いが分からない。
「簡単だよ、イーリン・ジョーンズ。海洋王国に『事後七十二時間のフェデリア停泊』を認めさせたまえ」
「……は!?」
「言葉通りの意味だ。竜がまた直に暴れ出す。そう長い間問答をしている時間はなさそうだが――」
「生憎と、我々にはそんな高度に政治的な事情が絡む約束をする権利がない。その立場にはありませんが?」
「戦時外交とはそういうものだよ、寛治君。不足な代表でも誓いたまえ。
 言い換えよう。『諸君等はこの海を最初に越えるべきが吾輩である事の証人となりたまえ』。
 唯一の例外は吾輩が死んだ時だ。心算はないが、その時ばかりはそちらにその権利をお返ししよう。
 これでも此方は随分と妥協も譲歩もしているのだ。イエスかノーかだけで答えたまえよ」
「……本当にそんな話で、こっちを信じて……共闘をする、というんですか?」
 冷静さを取り戻し、語調の緩んだウィズィが怪訝に問うた。
 全く以ってドレイクの言葉は合理性を欠く。イレギュラーズに差し出せるものは多くはなく、第一敵同士である。解放されればすぐに反故にする事さえ、容易い。するしないの問題ではなく、出来る出来ないの問題だ。イレギュラーズの言葉に何の嘘もなくとも、海洋王国が受け入れる保証はなく。故にドレイクの言葉は俄かに受け止め難い。
「……お主も大概じゃのう」
「第十三回(せんぱい)は立てておくものだよ」
 静かに燃える執念にむしろ僅かに共感したリアナルにドレイクは嗤う。
 高度に、冷静に局面を見れば、これだけ事情に深入りしたイレギュラーズだ。
【騎兵隊】の決死がなくば旗艦陥落は免れなかったのだから、ローレットも含んだ政治、彼等の発言権の大きさは想像出来る。
 故にドレイクに言わせれば『妥協で譲歩』なのだろう。大きな不確定要素は残るが海洋王国が名より実を取れば、ドレイクと更に一戦交える事は望まぬ可能性もあり、有り得ない話ではないという所か。
 ……げに恐ろしきはその一念。この男は全てを捨てても見果てぬ『それ』だけは諦めないのか。
「時間がない。繰り返すが、イエスかノーだ。
 吾輩を相手にするか、竜を相手にするか――二つに一つだ。
 可及的速やかに選びたまえ、勇気あるお嬢さん(ウィズィ ニャ ラァム)!」



※六人のイレギュラーズは果たしてどう答えるのか――
※滅海竜リヴァイアサンが動き出しスペシャルレイド<絶海のアポカリプス>が始動しました!


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