「――やってくれましたねイオニアス殿」
吐息を一つ。ガブリエルは幻想、旧オランジュベネ領にて発生した騒動の報告を聞いて瞼を重くした。イオニアス・フォン・オランジュベネという幻想の貴族――いや『元貴族』という言葉の方が今や正しいが――ともあれ彼によって引き起こされた乱はひとまずの鎮静化を見せた。
これも全てローレットのイレギュラーズ達による助力があってこそ、だが。
「しかしなんとも間の悪い……私にとっては些か不都合ですね」
首魁たるイオニアスは逃れており、未だ諦めず暗躍する動きを見せている。
態勢を立て直すつもりか……となれば未だ警戒は怠れまい。自らの領土にまで被害が飛び火する恐れがないとは言えない以上、イオニアスの動きには幻想貴族として注視する必要がありそうだ。
一連の動向でイオニアスの能力に陰りが見えるのか、その姿が市井の民にまで露見したという情報もある。
ならばすぐに更なる行動を起こしても不思議ではない。
子細はテレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)も掴んでいるに違いないのだが。
――しかしガブリエルが『不都合』と述べたのにはもう一つ理由がある。
イオニアスの動きに、かなり重篤な事件が重なっているからでもあった。
「深緑における幻想種の誘拐事件……ふむ。
こちらでもイレギュラーズの方々は活躍されているようですね」
ザントマンなる存在によって引き起こされている誘拐事件。深緑の幻想種を対象としたその事件に、ガブリエルは大いに関心を抱いていたのだ。深緑から攫われラサを経由し各国へと……幻想も直接ではないにせよ売買先としての関連があるのならば。
「……………」
ガブリエルの端正な――貴公子の顔に曇りと怒りが滲んでいた。
人道的な怒りは然り。ノブレス・オブリージュを知らぬ男では無い。 更に個人的な理由を言うならば、美をこよなく愛する彼は、混沌の神の作り給うた『美しき幻想(ハーモニア)』を下卑た欲望で汚すその行為そのものに大変な憤慨を抱いていた。
捨て置けぬ。己の手が届く限り幻想種を救ってみせよう、そう決意するのも当然であった。
(しかし、一筋縄ではいかないでしょうね) ……されど、自身の力はイオニアスの事件により優先的に割かなければならないのは明白である。
国外と国内の事件が発生した時は流石に国内を優先しない訳にもゆかぬ。外に手を伸ばして足元が瓦解しては本末転倒である故に、ガブリエルはその手をラサや深緑から縮めなければならなかったのだ。ああなんたる事か……奴隷救出の動きを縮小とは――
「――折角、深緑との『交流起点』になると思ったのですが」
実に、ああ実に『残念』である。
深緑は閉鎖的な国家であり例外がラサだ。唯一の隣国でもあるラサとだけ緩やかな同盟が結ばれており……他の国々は、少なくとも国家間における大きな交流というのは無いと言っても過言に非ず。故に商人ギルドの繋がりから一早く情報に触れたガブリエルは動いた。
囚われた幻想種の救出、並びに返還という『公然とした名分』によって深緑と接触する絶好の機会。ラサのディルクに幻想への輸送拠点を潰す協力を持ちかけつつ、水面下の見えにくい所では商人に『幻想は事態解決に協力的』なる情報を流す取引もしていた。幻想から深緑という直接の流れではなく、ラサから深緑。
『素知らぬ他人』の評価を上げるには見知った隣人からの言葉の方が『するり』と入る故に。
――詰まる所、遊楽伯爵は善意の範疇において政治的策略を仕掛けていたのだ。
非道な扱いを受けている幻想種に心を痛めているのは事実であり。
人身売買などという国内の不安定さを更に増す様な事を避けたいのも事実であり。
別に、誰に嘘を付いた訳でも利だけを求めた訳でも無かったが――
多くの事例がそうであるように、そしてガブリエルにとってみれば或る意味で不本意であるのだが――『政治とは唯美しいだけのものではない』。
「ままならないものです」
頬杖をつきながら視線を落とす。そこに並ぶは己が調べた報告書の山々。
ラサでの奴隷事件――その報告書。
どうも奴隷商人達はザントマンから『砂の小瓶』を渡されているらしい。それはどうやら振るった相手の気を失わせる特殊な力を持っている様で……商人の捕縛に成功した利香がそれをローレットへと持ち帰った。
一方で砂漠に出現した魔物、砂蛇との戦闘を制したメルトリリスが持ち帰った死骸を調べた所、どうも何がしかの『操作』が行われている様な痕跡を発見した。天義での事件で発生していた月光人形……の様に特別に作り出された何か、ではないようだが。
「タイミング的に事件と全く無関係とは考え辛いものですね」
魔物を操るというのは全く不可能な話ではない。そういう能力や技術を持った者も世界にはいるだろう……なにより『もし』の話ではあるが。
「この事件に――魔種が関わっているのならば尚更に」
幻想から天義、それらの事件の多数において魔種は何かしらの形で関わっていた。
ならば此度のラサでの一件にも奴らの存在が関係していたとしてもなんら不思議ではない……いやそれ所か最近はむしろ、彼らの暗躍は以前よりも活発化していると言える。特に天義での事件は――下手をすれば国家が消滅していたかもしれない規模で。
そして『もし』がそうなのだとすれば、やはり可能性が高いのは。
ザントマンだ。
「……ふむ」
しかしガブリエルは『本当』なのだろうかと一部の報告書に目を向ける。
深緑の幻想種を攫う事件……ああ実に痛ましい事だ。真意がどこにあるのかはともかく、永い時を美しく過ごす幻想種が高く売れるのだとザントマンが目を付けたのには間違いなく。
だから。
そんな発想をするのは、彼らにとっての当たり前に目を付けたのは。
きっと、老いが近い種族なのだろうと思っていた。
「しかし本当ならば……なぜ深緑に容易く侵入出来ていたかの説明が……」
全て付くのだ。
此度の誘拐事件、幻想種を攫う正体不明の――ザントマン。奴の、種族が。
『幻想種』であったなら。
深緑・ラサを騒がせている『ザントマン』事件の報告書が届きつつあるようです……!
幻想国内にてイオニアス・フォン・オランジュベネの第二撃が発生しました。
関連クエスト『Battle of Orangebene 』