騒動の後、バダンデール邸にて。
「――それで、改めてだ。彼等をどう思った? バイセン」
「主ともあろう者が、実に胡乱な問いをする」
『サリューの王』クリスチアン・バダンデールの何とも当を得ない曖昧な問いに、死牡丹梅泉は心底面倒臭そうにそう応えた。クリスチアンの問いは一見すれば先にイレギュラーズが請け負った『砂蠍』対応の事を指しているのだが、彼はそんなに判り易く平面的にモノを言う男ではない。腐れ縁でも縁は縁、梅泉は明敏にそれを察して呆れてみせたのだ。
「主の聞きたい台詞かどうかは知れんがな。概ねにして侮り難し、といった所か。
もっともわしからすれば此度の結果は朗報よ。
『巨獣狩り』なぞ達成された日にはその場でわしが狩りたくなるわ」
「まぁ、私の見解も概ね同じだ。彼等には意地悪をした心算だったのだが、欠けずに戻ってきた以上はね」
冗句めいて笑えない事を言うクリスチアンに梅泉は「ふん」と鼻を鳴らした。
「そうむくれるなよ。『死滅』の件は何度も詫びているだろう?」
「茶番は好かぬわ」
苦笑するクリスチアンを一蹴した梅泉は相変わらずの不機嫌面である。
「……とは言え、じゃ。主にも主の予定があるのだろうよ。その目的を考えれば、な。
蠍の消耗を嫌う考えは分からんでもない。
じゃが、次はないぞ――次のわしは必ず斬る。神が止めようと止まらぬぞ」
「……ま、そんな命知らずは神位のものだろう。文字通り」
クリスチアンは「安心したまえ。次は存分に蠍も狩ってもらうさ」と応じた。
「私もアーベントロート麾下だ。点数は稼ぐ必要があるからね」
「どうだか。して、次はどうする。主の事じゃ。もう仕掛けは済んでいるのであろう?」
「勿論、万端だとも。駒は配した。そろそろ大きなゲイムが始まるぜ」
クリスチアンにとって言うまでもなく――自身以外の全ては駒でしかない。
彼一流の悪徳の流儀に従って、事は順調に運ばれている。
全く安全な場所から悪意を繰る指揮者(コンダクター)気取りは、開演の時をまさに待ちわびている。
「全く愉快な程の狂人よな」
「君にだけは言われたくないさ」
「首が恋しくはないようじゃな」
気安い友人同士のようなやり取りはどうしようもない位の剣呑に満ちている。
「じゃがな、クリスチアン」
片目を閉じたままの梅泉は不機嫌の名残をようやく片付けて口元だけで笑む。
「言うてしまえばそれが良い。わしが主を評価する理由は一つよ」
――主はまさしくこの世の毒じゃ。世を乱し、かき混ぜ、わしの望む闘争を、危機を呼ぶ。
その為に生まれついた、何と迷惑な男よな!
「――何とでも言ってくれ。
私を理解出来るは、私以外には居ないだろう。
唯、君とは唯一にして絶対だ。君とは目的という名の手段を共有出来る。
だからね、私は私らしくもなく君とは友情を感じないでもないのだよ」
梅泉は呵々大笑し、クリスチアンは芝居掛かって一礼する。
「――では、期待を御覧じろ」
危険な剣士に愉快気に評された美しい男もまた、剣士と同じく全く悪魔の顔で笑っていた。