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<スチールグラードにて>

「……成る程、ね。前線の話は大体分かったぜ」
「気楽なもんだのう、お前は」
「気楽なモンか。例の事件でどれだけ苦労したと思ってる。
 一時期は帝都だって物凄い荒れようだったんだからな――」
 ゼシュテル鉄帝国帝都『スチールグラード』――
 帝国の主張たるその王城で珍しい二人がそんなやり取りをかわしていた。
 一人は鉄帝国の現皇帝にして『自動的に暫定最強と呼ばれる』ヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズ。もう一人は、つい先日まで北部戦線で獅子奮迅の戦闘ぶりを見せた『軍神』ザーバである。
「ま、アンタの報告なら間違いない。俺としても幻想の仕事にしちゃあ、あんまり臭いからな。
 元からそう本気にとっちゃいなかったが――ポーズは重要だ。
 バイルの爺さんなんて噴き上がって、怒っちまって大変だったからな。
 アンタが前線で暴れて国民のガスも多少は抜けただろう。
 そこへ例の遊楽伯爵からの使者が来て、今回は無事手打ちになった訳だ。
 アンタとしても久々の帝都は懐かしくていいだろう?
 北部戦線からアンタを動かせるなんてのは、こんな時以外中々無い」
「まぁ、な。戦争は吝かじゃあ無いが、今回の仕掛け人は恐らく碌でもない。
 乗っかってやるのは気が進まなかったのは事実だし――主戦論が収まったなら、それに越した事も無い。
 気楽を撤回する心算は無いがな。まぁ、お前もたまには『皇帝陛下』らしく仕事をしろ」
 ザーバの言葉にヴェルスは肩を竦めた。
 見ての通り、ザーバには殆ど臣下の礼が無い。帝位が正当な決闘で決まる、等という実に馬鹿げた仕組みを頑然と貫いているゼシュテルにおいて意味が薄いという事もあるが、この二者間は気心が知れていると言った方が正しい。自身が帝位を望まないザーバからすれば『気に入らぬ者』が皇帝になるよりはヴェルスのままでいいし、ヴェルスはヴェルスで目の前の軍神が自身をも圧倒的に上回る国家の大英雄である事を理解している。酷い気安さは互いへの信頼とリスペクト――もっと単純に言うなら『気が合う証明』のようなものだ。
「まぁ、戦争が終わったのはいいとして――」
 ヴェルスは少しだけトーンを落として言う。
「珍しいな、アンタが少しでも押し負けるなんて。
 相手はどんな手品を使ったよ。それとも冗談のような新兵器でも出てきたか」
「ああ」
 北部戦線での戦いは最終的には若干――僅かながら幻想側の有利で終了した。
 ザーバの報告を受け、元より長い戦争を意識していなかったヴェルスではあったが、帝都の彼からすればザーバ率いる鉄帝国軍が僅かでも幻想側に遅れを取ったというのは俄かに信じ難い事実であった。
「『幻想の青薔薇』の仕業かい」
 問うヴェルスに『かすり傷』を叩いたザーバは「そりゃあ子猫に噛まれた程度だな」と一蹴する。
 ……本人が聞いたらさぞかし怒るだろうが、さて置いて。
「じゃあ、双竜の黄金騎士か」
「確かに流石の腕前だったようだわ。尤も俺は今回、直接相対していないがな」
「否定のニュアンスだな。じゃあ、やっぱり――」
「――勿体をつけよって。そう、例のローレットだろうよ」
「へぇ」
 北部戦線で鉄帝、幻想双方に与したローレットが、何れも素晴らしい活躍を見せたのは記憶に新しい所だ。
 しかしながら両サイドに与した彼等のほんの僅かな差が存外に大きく戦況を左右したのにザーバは気付いていた。無論、リーゼロッテやザーズウォルカの名前を出したヴェルスのそれは言葉遊びで、ザーバが指摘した通り彼もまた報告書よりそれを察していた。
「この間会ったのは何時だったっけ。ラド・バウだったかな。
 いやはや、ラド・バウでもニュースターが産まれつつあるようだし、なかなかどうして。
 いや、実に面白い連中じゃあないか?」
「うむ」と頷いたザーバにヴェルスは最後の言葉を続けた。
「ま、いいさ。色々考えるのはまた先の話。
 アンタもそれなりに歳なんだ。怪我もしてる。たまにはゆっくり休みなよ。
 いや、まぁ――本気のアンタとやって相手が生きてたって言うなら、大した子猫だとは思うけどさ」
 間もなくシャイネン・ナハトがやって来る。
 全国的な休戦の約束された期間に戦が起きる事は無い。
 久方振りのスチールグラードの光景に目を細めるザーバは「それもいいか」と珍しく表情を緩めていた。

※『新生砂蠍』が潰走し、北部戦線が幻想有利で終結しています!


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