「アンタの出番よ。自分の家位、しっかり守りなさい!」
――我は最後の手段では無かったのか?
それに、その有様。どうやら手酷くやられたようだ。
原罪より分かたれし七つの大罪(クリミナル・シリーズ)が随分と見苦しい。
加えて貴様のその姿……はははははは。愉快な無様を晒したものよな?
「……やかましい。グズグズ煩い男は嫌われるものよ!」
声を荒げるアルバニアめが我を呼んだのは、しかしそれなりに『予想外』の出来事だった。
幾分か強くなった廃滅の匂いに不快を覚えたのも束の間、突然それが和らいだのが先程の出来事。
……いざ、こうなってみれば「成る程」と納得せざるを得まい。
傷を負い、水底に逃げ込んだ『冠位の無様』を見れば言われずとも状況は知れる。
――要するに、貴様は敗色に塗れているのだな?
皮肉を伝えるのも馬鹿馬鹿しい。
日頃から異様な程に美容(みてくれ)を気にするアルバニアが『本性』を見せている。
それは見てくれを取り繕う余力を捨てたという事でもあろう。
少なくとも我も――我との戦い以外をおいて彼奴めのこの姿を見た事は無い。
――要は、貴様は我に後掃除をさせようというのだな?
この我に。大海の支配者直々に――
実際問題、魔種如きに顎で使われるのは何とも不愉快極まりない。
だが、しかして。この戦いをもって序列を決定付けるのもそう悪い考えではない。
『冠位』でも『人間如き』でも。我が神威が前には等しく塵芥には過ぎないが――魔種が気に入らない事と、人間共を歓迎する事は決して結び付かぬ。魔種は鬱陶しいが同居人であり、人間は身の程を知らぬ侵入者なのだから当然だ!
――止むを得まい。だが、『冠位』。
貴様にもプライドがあるというのなら、少しはマシな所を見せる事だな?
「誰にモノ言ってるのか、教えてやるわよ……!」
せせら笑えば、彼奴めからの苛立ちの気配は一層増した。
良い、良い。漸く多少の留飲は下りた。それでこそ――久方振りの『運動』も捗ろうというものよ!
我が動けば世は震える。寝床を動けば渦が巻く。海は割れ、空は吼え、凱歌を上げる。
歴史にも残らぬ程の昔より、気の遠くなる程の彼方より――這い出て全てを呑み喰らわん。
彼奴等めは最早永遠に我が名の意味を忘れまい!
――人間共。『冠位』を傷付けし者共よ。その顔を見てやろう。
その小さき力を嘲り、その小さき力を僅かばかり認めて。
我が好奇と興味の的として、貴様等の姿を覚えてやろう。
絶望等と生易しい、後付けの廃滅等問題にもせぬ。我は神威。我こそ世界。
光栄に思え。たちどころの感謝に咽べ。
称えよ、竦め。許しを乞え。我が名は滅海――滅海竜リヴァイアサンなり!
『それ』が深き海中より現れた時、状況を正しく理解出来るものは居なかった。
大型の軍艦(ガレオン)さえ比較すれば木っ端の如く。姿形は大海蛇を思わせたが――全長を図れば数百メートルになるのか、それ以上にもなるのか。全容さえ掴み得ない程の巨体はそんなイメージを一瞬で消し飛ばしている。
ごうごうと嵐が哭く。『それ』の出現と共に海は一層荒れ狂い、雷鳴が激しさを増していた。
――称えよ、竦め。許しを乞え。我が名は滅海――滅海竜リヴァイアサンなり!
空気どころか――大気そのものを震わせ届いたその声と、滅海竜の口が大きく開いたのはほぼ同時だった。
それが吐き出した激流は一瞬の判断で退避に成功した船を除き、射線上の艦隊を悉く薙ぎ払っていた。首を振るに任せ、何の抵抗を赦すでもなく。白い水飛沫が消えた後に残るのは最早『残骸』だけでしかない。
「……これは……」
乾いた呟きを残したのは一体誰だっただろう。
「これは……夢か? ここまで来て……夢であってくれ……」
その気持ちを一にするのは、或いは殆ど全員だったかも知れない。
『絶望の青』を越えんと冠位魔種アルバニアを追い詰めた連合軍の前で、最後の。
……そして疑う余地なく最大の。紛う事無き『悪夢』が大いなる鎌首をもたげていた。
※出現した滅海竜リヴァイアサンの暴威により海洋王国残存艦隊の二割程が壊滅的ダメージを受けました……