この聖都には『神』が居るとされている。
その存在は或いは――そう、或いは空中神殿でざんげが思う『神』とは些か違うのかもしれないが――信仰上の『神』を、その概念を国家で奉じるとするならば、その意志『とされる』正義の遂行が求められる事もあるだろう。
しかしながら多数の人の想う正義や信仰、全ての『正しき』が一枚板になる事等有り得ない。
それは清廉と潔白の天義を襲った今回の災厄が指し示す証明であり、故にこの都にも『神の御心以外の正義を信ずる事を是とする集団』が存在しているのは中央のみが認めないある種の必然だったのかも知れない。
例えばそれは――密教集団『ウィーティス』。
その教祖たる旅人は、元は天義の価値観に照らし合わせるならば『魔』に分類される『神』の一柱である。
そんな享楽的な『旧き蛇』サマエルは『禁忌』蔓延る天義の内情をゲーム感覚で見据えていた。
「ふぅむ……」
小さく息を吐いたサマエルは自身が教団の内部にも月光人形と内通している者が存在していたことを把握していた。
だが、そんなサマエルがこれまでに何かを為したという事実は無い。
「サマエル殿。良かったのですか?」
「なに、弔い位はしてやればいい。高潔『であった』この国が痴態を晒している。
ふふ……いや、ゲームもこうは転ぶとは思わなかったものでな。愉快――愉快すぎて腹が千切れるわ」
そこに存在する危険と害意を理解していない訳ではない。単に不干渉的であり、怠惰なのである。
彼女のスタンスから言えば来るもの拒まずではあるのだが――それを護るという意思も極端に低いのだ。
「御意に」。その言葉がどういった色を帯びていたかは本人のみぞ知るといった所か。
サマエルの背後で教団の入口――聖堂にて聖職者を務めるエドアルド・カヴァッツアは『一応』と教祖の言う弔いの用意をした。 彼にとっては月光人形の生死や先の戦いでの死傷者の増加などは露ほど興味はない。
「嗚呼、そうだ。エドアルド」
「なんでしょうか」
葡萄酒の注がれたグラスを弄りながらサマエルは表情を変えぬままのエドアルドを見上げた。 「――汝、『妹』は見つけたのか?」
「貴女こそ、『口にするのも憚られる『左目』のご友人』がかの勇者、ローレットの一員だったのでしょう」
にやり、と唇が吊り上がる。その表情を見てエドアルドはこの女神は心底その状況を楽しんでいることを悟った。
嗚呼、そうだ。彼女は動乱の中身に興味は無いのだ。動乱が呼ぶ運命の撹拌こそを求めている――
笑っているとサマエルに指摘されたエドアルドは肩を竦める。
――妹。自身が求める『家族』。
是が非でも手元に置きたいと願った彼女が、ローレットに、近くに居るのだ。
それを喜ばぬわけがないだろうと上辺だけで告げて見せるエドアルドに、信徒が見遣れば「神父様、なんと涙ぐましい!」と同情したことであろう。
しかし、サマエルは『彼がそんな男ではない事』を知っている。
だからこそ手元に置くのが面白いのだという様に女神は一気にグラスを煽った。
「次の機には勇者に助太刀してみようかと思ってな。……無論の事だが、汝もくるだろう?」
「おや、貴女が助太刀とは――ローレットに?」
珍しいものを見るかのようにそう云ったエドアルドにサマエルはさも面白そうに笑う。
きらりと輝く宝石を指先で弾き、魔神は昏い瞳を向けて『嗤う』男を見上げた。
「妾はこの国からすると不穏分子。我が『ウィーティス』は何時かは断罪の刃が振るわれる存在であろう?
延命措置にもなりはせん行動、実に無意味だ。しかし、しかし――妾が動くなら只のひとつしかなかろう。
もっとも、この国自体が露と消えて亡くなるならばその心配も消えるのかも知れないが!」
女は笑った。只、美しく――その表情を歓喜に歪めて。
この世界はゲームだ。
ゲームを楽しんで何が悪い? 盤上を大いに狂わせに行こうではないか!
手にしたカードで一番面白い選択肢を選べるのだ。自身たちの介入を予期せぬ『あの女』の驚く顔を見てやろうではないか。
※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……