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グレイス・ヌレ、そして……

 ネオフロンティア海洋王国、首都リッツパーク。
 その中心に位置する宮殿は他国のそれとは少し趣きが異なり、平素は比較的緩い空気が流れている。
「情報は集まったのかえ!?」
 しかし、女王イザベラの神経質な詰問が飛ぶ玉座の間は普段とは毛色の異なる緊迫感に包まれていた。
「……一応は。帰還者、目撃者の情報を総合すれば、鉄帝国側に捕縛されたイレギュラーズの数は十七名。
 こちらは正確な数を把握しかねておりますが、海洋王国軍の捕虜と併せて百名規模は下らないでしょう。
 尤も、それはお互い様の話。此方側も鉄帝国側の捕虜を取っておりますし、船も拿捕している。
 鋼鉄艦は手強い相手でしたからね。あちら側も航行不能や撃沈といった艦艇は多くないようですが」
「それで! 連中は何と言ってきておる!」
「……交渉する気自体はありそうですね。未明よりグレイス・ヌレでの戦闘は小康状態。
 此方、彼方関わらず小破、中破した艦は友軍と合流し始めているようです。
 問題の捕虜はどうも『アイゼン・シュテルン』に集められたようだ」
「コンタクトは取ったのかえ?」
「一応は。連中は交渉の前段として我が国が拿捕した艦艇の解放を望んでいる」
 貴族派筆頭ソルベの回答にイザベラは低く唸り声を上げた。
 ソルベの報告はまずもって武力での奪還を否定したに等しい。
 一度の奇襲は惜しい所までいった筈だが、皇帝ヴェルスは次は旗艦を離れまい。
 彼の存在をどうにかする自信が海洋にあるならば、例の作戦で最初からイレギュラーズを頼っていない。
「休戦講和も決まっていないのに、何処に軍艦を引き渡す愚か者が居ると言うのか!?」
「居ないでしょうねぇ、普通なら」
「第一、この戦いは此方の勝利ではないか!  負けた側が盗人猛々しい! 実に不愉快じゃ!」
「向こうの捕虜は基本的に『覚悟完了』ですからね。だから脳筋は嫌なんだ」
 ややヒステリックに声を上げたイザベラをからかう調子でもなくソルベは肩を竦めた。
 成る程、イザベラの言う通りだ。
 グレイス・ヌレに三度目を数えた此度の戦いは総じれば『勝利』といっていいだろう。
 鉄帝国側はまだ戦闘余力を残しているし、これをどうにかするのは海洋側にも随分と骨だ。
 だが、現時点の残存戦力でリッツパークまで攻め上がる青写真は描けまい。つまり、兵站に問題を生じ得ない海洋王国の有利は絶対的であり、あちらもそれは理解しているに違いない。
 だが、彼等が全く以て強気を崩す気配が見られないのは――
「戦争ですからね。彼等も我々の泣き所を良く知っている」
「脅してきておるのか?」
「いいえ? むしろ『皇帝の名の下に、積極的な交渉に門戸を開く』そうで」
「モノは言いようじゃな。負け側が敵地で交渉に前段を設けておいて」
 海洋王国の悲願は遥かなる外洋を征服する事。
 この戦争はその前に立ち塞がる面白くも無いイベントに過ぎない。
 海洋王国としての本命である『絶望の青』攻略にイレギュラーズの力は欠かせないと考えるならば、つまる所、彼等との信頼関係を毀損するような手は海洋王国としてはご法度である。
 確かに敵は鉄帝国だったかも知れないが、この先は海洋王国の判断に拠る。
『事情に関わらずイレギュラーズの解放に失敗し、彼等に多大な犠牲を出したり、問題を中長期に引き延ばされれば、最も損を蒙るのは海洋王国という事になるのだ』。
「何だか、ずるいですわ!」
「いや? これに関しては『当たり前』だな。
 これを卑怯だなんだという話をするなら、この戦いに彼等を巻き込んだ我々こそ責任を問われるべきだ。
 むしろ紳士的じゃないか。無言の交渉材料にするにせよ。『彼等がまだ無事だというならば』」
 一連の会話に唇を尖らせたカヌレをソルベが窘めた。
「そもそも卵が先か鶏が先かなんだよ。
 事実上の人質になった彼等が到底無視できない事情であり、現時点で敵の強味、我々の弱味になっているのは確かかも知れないが、『元よりローレットが居なければグレイス・ヌレで負けていたかも知れない』。
 彼等が鉄帝国の首脳部がとさかに来る位に仕事してくれたのは覆しようのない事実だろ」
「うぐぐ」と面白い顔をした妹にそれ以上構わず、ソルベは視線を左右に動かした。
「その辺りについては夫人と、それから――『戦列艦隊(アルマデウス)』の言い訳は伺いたいですがね」
「言い訳も何も。海賊連合の旗艦(レッドオーシャン)を追いかけ回したのが誰だと思っておいでです?」
「戦いは専門ではありませんので、どうもうちの子達がご迷惑をかけたと聞いてはおりますけれど……」
 海賊提督のトルタ・デ・アセイテ、更にはバニーユ男爵夫人が温く応えた。
「――一先ずは勝ったのじゃ。身内の責任追及等後にせい」
 ソルベは小さく鼻を鳴らしたが、イザベラがそれを取りなした。
 今重要なのはイレギュラーズを、捕虜になった海洋王国兵士をどうするかの方である。
「兎に角、ゼシュテルには頭には来るがイレギュラーズを見捨てる判断は出来ん。なしじゃ。
 ならば、仕様が無い。向こうが限度を弁えている事を祈りつつ、此方が折れるしかなかろうて。
 ソルベ、細かい事はお主に任す。上手く収めてみせるがよい!」
 友人が酷い目に遭うのは寝覚めが悪い。
 それは自身の周りを犬のようにはしゃいで回るその姿を思い出せば尚更、いやさ。思い出さなくても――実際の所、イザベラの偽らざる本音だった。



※ネオフロンティア海洋王国とゼシュテル鉄帝国の間で講和交渉が行われるようです!


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