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スチールグラード・ディプロマシー

「さて、忙しいアンタを呼び出した用は他でもない。
 大きくこの鉄帝国を動かそうって話に意見の一つも貰いたいと思ってね」
 ゼシュテル鉄帝国首都スチールグラード。その宮殿にて気安い調子で鉄帝国最大の守護神と称されるザーバ・ザンザに言葉を投げたのは、皇帝であるヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズその人である。
 ヴェルスの言葉の通りザーバが司るのは宿敵レガド・イルシオンとの国境線である。
 所謂北部戦線と称されるその領域は過去にも何度も両雄が激突を果たしている最大の防衛線なのだから、ザーバという扇の要が召喚される事は決して多くない。書状によるやり取りを避け、ヴェルス当人がそれを望むのは中々稀有な出来事であった。
「ま、お前が直接俺を呼ぶのだ。それ相応の理由はあるのだろうよ。
 ……して、今回は何があった? 何をさせたい」
「せっかちだな。だが、話が早くて助かると言うべきか?
 アンタも例の――海洋王国大号令の話は聞いているだろう?
 要約すればやっこさん、また絶望の青にちょっかいを出したいらしい。
 こっちが凍らない商業港に苦労してる一方で景気のいい話だ。やっかみたくもなる所だが」
「勝算はあるものなのかのう。ま、連中の事だ。当て込んでるのはイレギュラーズか?」
「御名答。流石に良く分かってるじゃないか」
「ククッ」と人の悪い笑みを見せたヴェルスは愉快そうにそう言った。
 今やイレギュラーズと言えば苦労させられた前回の戦争もさる事ながら、天義では『冠位魔種』を仕留めたという特別だ。暢気で大らか、良く言えば希望観測的で悪く言えば他力本願的な所も見えるあの海洋ならば飛びつくだけの材料を十分持っていると言える。
「うちの海軍にショッケン・ハイドリヒって男が居る。知ってるか?」
「名前位はな」
「そのショッケンがこの程、『海洋領海』であちらさんと激突した。イレギュラーズもついでにね」
「……ほう? お前の狙いは、そうさな。示威行為か。
 ショッケンはその先遣隊、威力偵察って所だのう。違うか?」
「それも御名答だ。みすみすと海洋に絶望の青攻略をさせてやる訳にはいかない。
 より正確に言うなら『攻略自体は望む所だが、鉄帝国が一枚噛めなきゃ論外』だ」
 投げて寄越された報告書に視線を落としたザーバは目を細める。ショッケン・ハイドリヒ、中々やる。
「連中にショックを与えて『鉄帝国と交渉』させる。
 それには連中ご自慢の海軍に一撃くれてやる必要があるのさ」
 だが、不敵なヴェルスの言葉に、しかし生粋の軍人であるザーバは思案顔をする。
「だが、実際の所、鉄帝国海軍は海洋王国の戦力に劣る。その上にローレットのこぶつきなのだろう?
 流石に全面協力を請けている今回に限ってはこちら側に引っ張り込むのも難しかろうよ。
 ……ショッケンは上手くやったようだが、些かの不利は否めないのではないか?
 まさか『アレ』を使う訳もなかろうし……」
『塊鬼将』ザーバはこの混沌で最優の指揮官の一人である。
 その彼の戦略眼は大凡余人の及ぶ所では無く、その言は大方の場合完全なる正解だ。
 しかし、それは当然『前提となる情報が十分だった場合に限る』。
「そこが今回アンタを呼んだ理由だよ」
「……?」
「派遣する鉄帝国艦隊、旗艦にはこの俺が乗る。
 俺だけじゃない。例のショッケン・ハイドリヒ、エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ、レオンハルト・フォン・ヴァイセンブルグ……
 ローレットとも因縁深いラインナップだ。加えて、助っ人にもう一人。手っ取り早い即戦力として、ラド・バウからビッツ・ビネガーに協力を取り付けてある」
「豪華だろ?」と言うヴェルスにザーバは苦笑した。
 成る程、『特記戦力』を少なくとも二つも有するならば話はかなり変わってくる。
 ヴェルスの武力は絶大だ。使い方次第では盤面さえ塗り変えるだけのインパクトを持っている。
 確かに士気も向上も含めれば文字通り戦略に影響さえ及ぼしかねない『個人』であろう。
「……簡単に言いよって」
 だが、同時に何を頼まれるのか察したザーバの表情は全く晴れない。
 ヴェルスが戦場でどうにかなる等有り得る事でもなかろうが、皇帝不在の鉄帝国の方は別である。
 つまりそれを前もって伝えられるという事は宰相バイル・バイオンと共に本国の監視を強めろという面倒事の要請になる。
「口実は『先に、或いはこれまでに生じた我が国船舶への攻撃に対しての抗議』だ。
 そうして、鉄帝国海軍は新造の鋼鉄艦を主力に海洋領海まで南下する。
 遭遇戦で連中を十分ビビらせて『協力要請』ないしは『講和要請』を引き出す。
 そうしたら速やかに軍を引き上げる。仲良く手を取ろうじゃないか。
 それで俺達は『二匹目のどじょうを狙う幻想や天義から海洋を守ってやる代わりにネオフロンティアの利権を幾分か掻っ攫える』って寸法だ。
 鉄帝国の冬は厳しいからな。陸軍は兎も角、海軍はまだしも動きやすい。
 幻想もゴタゴタ続きの天義も速やかに動けない今なら絶好機って訳だ。名案だろ?」
 ヴェルスの言葉にザーバは肩を竦めた。
『麗帝』と称されるヴェルスは余り政治が好きでは無い。
 ラド・バウで暴れているのが似合いな位の伊達男である。
 しかし、流麗な面立ちに余裕を崩さない彼が鉄帝国の民の生活に心を砕いている事を守護神は知っていた。
 向いている、向いていないに関わらず、彼は『即位した時からそうだった』。
 昨今、帝国を騒がせる例の事件も気になっていない訳ではないだろう。
「……お前も苦労をするな」
 故にザーバは。故に鉄帝国の守護神は彼に「任された」と応える以外の言葉を持たない。
 是非も無い。帝国の戦いは常に栄光を目指している。
 戦って勝ち取れる何かがあるというのなら、ゼシュテルにそれ以上は無いのだから――



※何かが始まろうとしているようです……


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