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価値ある『対症』

 ――そうだ……『死兆』だ。廃滅病は罹った者に、避け得ぬ死の宿命を与える呪詛だ――

 反転して魔種となった元・イレギュラーズの『蛸髭』オクト・クラケーン(p3p000658)。
 彼の言葉と『絶望の青』の真実を、文字通りの命賭けで持ち帰ったイレギュラーズ達の報告を聞き知ったカヌレ・ジェラート・コンテュールの胸の内には驚きと不安ばかりが駆け巡っていた。
「……本当に?」
 カヌレの言葉は吐息のよう。確かめる、その声音は密やかだ。
「嘘を吐く必要がありますか?」
 兄、ソルベ・ジェラート・コンテュールの答えにカヌレは何処か力無く頭を振った。

 ――あのグレイス・ヌレを乗り越える力をくれた英雄たちが、死の刻限を与えられた?

 カヌレは唇を戦慄かせてから「どうしてですの」と呟いた。
「でも、きっと何かの間違いですわ!
 ええ、ええ、元はイレギュラーズといえど魔種ですもの! 嘘の可能性だって!」
「嘘を吐く必要もないでしょう。それに、有益な情報を得れたと考えるべきです。
 現状では『死の香りを身にまとっている気味の悪い現象がイレギュラーズを包んでいる』だけだったんですから。我々が『これ』を知らなかったならば、手をこまねく以外の方法は取れなかった。
『廃滅病』とやらは突然勇者に牙を剥き、我々はこれまでと同じように失敗する他は無かったでしょう。
 いいですか? カヌレ。間違えてはいけない。
『知れた事自体は決して忌避する事ではない。少なくとも知らないままだったよりはね』」
 縋るように自身を見上げるカヌレにソルベは大きな溜息を吐き出した。
 感受性豊かな――最愛の妹が。普段の小生意気な態度すら忘れて、自分から『安心する為だけの言葉』を求めている事は痛い程分かっていた。しかし、ソルベは「現実を見ろ」と告げる。彼は彼女に向け――本来ならばムードメーカーたる彼女に厳しい言葉を兄は投げかけない――鋭く言った。
 正常性バイアスに逃げている時間は幾ばくも残されていないのだから。
「……それで? それで。じゃあ、どうすればいいんですの?」
 大きな瞳に涙さえ溜めてカヌレは唇を尖らせる。
 ソルベは眉根を寄せた彼女の視線に酷く罰が悪く――しかし、その『窮地』に助け舟を出したのは日頃の『敵』の方だった。
「そのことじゃが、カヌレが来る前にイレギュラーズの報告を受けてからソルベと協議しておったのじゃ。
 ここからは妾達にとっても推測の域を出ぬ話じゃ。過剰に期待する訳にもゆかぬが……そなたも知っておろう。『絶望の青』に隣接しておる辺境伯、そして深淵を祀る独自の神秘文化を持つ者共の存在を」
「……ええと、モスカの……?」
「うむ。良く勉強をしておるな。妾等はまずあの者らの智慧を頼ろうと思う」
 女王イザベラ・パニ・アイスは重く頷く。
 深く椅子に腰かけた彼女の顔にも疲労が見えた。
 テーブルに積み重ねた書類の束は『死兆』の退け方を探すために書庫より集めさせたものなのだろう。
「ええ。陛下と私の中での結論は『死兆』――廃滅病(アルバニア・シンドローム)は人為的な疫病。
 それは言い換えれば魔種の『呪い』。即ち、超常の魔術現象の一つとなる。
 ならば、当然だ。通常の薬が役を果たす筈は無い。あくまで呪(のろ)いに対抗するのは呪(まじな)い。そこで白羽の矢が立ったのが――そう、『深淵の祀り手』たるコン=モスカの加護という訳です。
 それがどれ程のものであるかは、僕達にとっても推論の域は出ませんがね……」
 報告を受けて以降の海洋王国首脳の動きは極めて迅速かつ強力だった。
『廃滅』が純粋たる病でない事を知るや否や、彼等はリッツパーク中の学者、魔術師を総動員して、『呪い』に対しての対抗馬を探し尽くしたのである。程なくして行き当ったコン=モスカの秘術は、成る程。海洋王国のより旧きを現代に僅かばかり残す奇跡の残滓であった。かのネメシス決戦で『コンフィズリーの聖剣』が『冠位強欲(ベアトリーチェ・ラ・レーテ)』の権能を侵した事を考えれば、縋ってみる価値の最もある貴重な手段に違いないと思われた。
「それも『推論』ですの? ……本当に、それで大丈夫ですの!?」
「カヌレ、そなたも兄を余り苛めてやるでない」
 声を荒げ、兄の腕を掴んだカヌレにイザベラは苦笑した。
「藁にでも縋る思いなのは妾達とて同じじゃ」と呟く。
「ひとまず僕はコン=モスカに向かいます。クレマァダ=コン=モスカ祭司長やサンブカス=コン=モスカ総主祭司も対処のために祈祷を行ってくれているそうですが……」
「うむ。恐らくは通常の祈祷だけでは事足りん。
 ソルベ、我々の動きに加えイレギュラーズ達をコン=モスカに集めてくれるかの?」
 顔を上げたソルベはゆっくりと頷いた。
 縋る妹の腕をそっと離して、彼女を椅子へと落ち着けてから背を撫でる。
「カヌレ」
「……私、イレギュラーズの皆様が好きですわ」
「知っているさ、だから、『お兄ちゃん』に任せてくれ。出来る限りを尽くすから」
「……………」
「気持ち悪いって怒られそうだ」
「……こういうの、さいあくですわ。おにいさま」
 死へと誘う宿命を全て退けることはできずとも。
 海洋王国の『友人』たる彼らの命を少しでも長らえさせられるならば。
 立ち向かう先に、突き進む先に少しでも――希望(とうだい)の光を届かせる事が出来るなら。
「僕を――彼等を信じて欲しい」
 一言だけをその場に残し、歩き出したイザベラを追いかけて、ソルベが出ていく。
 その様子をぼんやりと見つめていたカヌレは俯いて唇を噛んだ。
 嗚呼、『絶望の青』――死の領域に蔓延していた歪な臭いはこびり付いて離れることがない。
 残り香の様にすれ違い様に鼻腔を擽る気配は、消える事無く体の奥底から湧き上がる絶望のようだった。
 でも、それでも。
「――誰が信じないものですか」
 カヌレは袖で涙を拭った。誰が、泣いてやるものか。



※『廃滅病』に対抗する為の特別シナリオ及び限定クエストが発生しました!


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