全てが暗転したのは突然の出来事だった。
世の中は――多くの人達が知っているのと同じように――どうしようもなく理不尽なものであり、どうしようもなく儘ならないものであり、動き出した全ては誰にも止める事の出来ない『決定』に過ぎなかった。
潔癖の祖国に当家が仕えて二百年以上にもなる。多くの戦争で武勲を上げた。神を信じ、敬い、理想的な天義貴族としての責を果たしてきた筈だ。恐れ多くも歴代の国王陛下より信を賜り、名門として遇された。
そんなコンフィズリーの栄光が地に堕ちる事となったのは父の代である。
余りにも突然に――当家は全てを失った。
家名も、財も、領土も、地位も全て――
邸宅を追われた自分は父、メルクリス・フォン・コンフィズリーが『不正義』を働いたのだと幼いながらに聞かされた。
父は出仕したまま帰らず、美しい母は髪をかき乱し、見た事の無いような形相で何事かを喚いていた。
つい昨日まで当家を持ち上げていた周囲の人間は潮を引くようにいなくなり――いや、居なくなっただけならばまだ良かった。
顔も知らない親戚、したり顔の役人、信頼していた領民や部下に到るまで――まるで『ハゲタカ』か『ハイエナ』のように当家に残された残り僅かな旨味を喰らい尽くすかのような勢いだった事を覚えている。
――そも、当家がこれ程までに痛めつけられなければならかった『不正義』とはなにか。
事これに到る経緯を俺は良く知らない。
……と、言うよりも大人になって改めて知ったのはこれが意図的に隠蔽されている事実であった。
唯、仁君だった父は良くこんな事を口にしたのを覚えている。
――世の中には善悪の二種類以外も存在する。良くない善もあるし、悪くない悪もある。
人の世の営みによるものならば、全てが白と黒だけでは片付かない話もあるだろう――
……聖教国ネメシスの教義からすれば父の考え方は異端だったに違いない。
実際に引き金になった『不正義』の顛末が何だったのかは知れないが、父が周囲に疎まれていたのは察するに余りある。
逆風の中、当代の俺が騎士としての身分を得る事が出来たのは、我が身の努力であると自惚れているが――没落した名門として騎士の末席に滑り込んだ時からそれは分かり切っていた。
上役の侮蔑に満ちた視線は、僅かながらの恐れも孕む。
接した何人かの貴族、高官はまるで探りを入れるような所があった。
全く、彼らにとっては当家の『不正義』は探られたくない内容なのだろう。
嗚呼、何という皮肉だろう。神の教えを口にし、正義と潔白に満ちている王宮が、態度で、言葉でその信頼を毀損する。
少なからず俺に残っていた父への疑いが、雲散霧消したのは幸福なのか、その逆か。
俺はそんな誰にもニッコリと笑って今日も心にもない言葉を口にするのだ。
――父の『不正義』を贖う為、私は忠勤に臨む所存です。それ以上の何がありましょうか。
ネメシスは潔癖の国。
ネメシスは純白の国。
『正義』に沿わぬ何をも許さず、神ならぬ人の驕慢を持ちて神の裁定ばかりを望む国。
――そんな、とてつもない、強欲の国。