#author("2020-03-28T19:09:06+09:00","","")
*TOPログ [#u3b5fb61]
#author("2020-07-01T12:03:12+09:00","","")

**タータのアトリエ アルティオ=エルムの錬金術師 [#q43b8177]
 オイルランプがフラスコとビーカーを舐めるように照らしている。
 辰砂、硫黄、水銀。粉末は魔物の角――錬金術師のアトリエであろう。
 雑多な室内では男が試験管の薬液を見つめ、時折小刻みに揺すっていた。

 ふいに床が軋む音がする。
「相っ変わらず、クッサ……!」
 足を踏み入れたブルーベルは、薬品が混ざり合う臭気に顔をしかめた。
「B(ビィー)ちゃんじゃない! 気付かなかったなあ! 急にどうしたの?」
 男――タータリクスが満面の笑みで振り返る。
「オタク君さあ、ほんと外でなよ。後ろに気付かないとかサバンナじゃ無理でしょ、それ」
「キミねえ。ボクは忙しいんだよ、こう見えても。ほらこの水銀と硫黄のシンフォニー……!」
「興味ねーし、つかあたしは妖精ちゃんぶっころ一筋でやってくからさ」
「またまたあ、そんな愛のない事いっちゃって。好きな子とか居ないの?」
「ウケる。普通にキモんですけど」
「教えてくれてもいいじゃない。ほら、同じデモニアのよしみでしょう」
 訴えるタータリクスへ、ブルーベルは面白くもなさそうに肩をすくめた。
 薄暗い室内で、卓上のランプが描く大きな影が揺れる。
「んでさ、オッサン。またおもちゃかしてよ」
「またって、結構あったでしょう。どうしたの、あれ」
「ほぼほぼ全滅じゃん。ウケる。あんなじゃつかえねーんだよなあ」
「なんだって!? 全滅だって!?」
「普通調べるよね。どうなってるかぐらいさ」
「普通って、普通そうそう全滅はしないでしょう」

 深緑(アルティオ=エルム)ではこのところ、奇っ怪な事件が頻発していた。
 妖精が妖精郷との行き来に使うゲート『アーカンシェル』が魔物に襲われているのだ。
 深緑の迷宮森林警備隊はローレットに助力を求め、イレギュラーズは魔物退治に追われている。
 そうした中で魔種ブルーベルは、謎の男と共に事件の背後に関わっていると目されていた。
 要するに彼等が放った魔物達は、イレギュラーズによってたちどころに退治されてしまったという訳だ。
「あたしらが頑張って持って帰った分はちゃんとしてあるんだよな?」
「そりゃ、そりゃあもちろんさ! そこはバッチリ!」
 最初に二度実施した襲撃でも、魔物はイレギュラーズによって立て続けに撃破されていた。
 一計を案じたタータリクスはイレギュラーズの髪や血、細胞等を採取するように申し出ていたのである。
 ブルーベルとしては実に面倒たらしい作業ではあったのだが――
「つか、あいつら海のほうで忙しいんじゃなかったのかよ」
「鉄帝国でもほら、何かあったらしいじゃない?」
 イレギュラーズはこのところ、海洋王国大号令に始まる絶望の青攻略に向けて大航海に邁進していた。
 廃滅の呪いに侵されながらも冠位魔種アルバニアの影を追い、各地で激戦を繰り広げている。
 またついこの前も、鉄帝国で聖女アナスタシアが反転するという痛ましい事件が発生し、イレギュラーズはアナスタシアが操る機動要塞ギアバジリカを停止させ、アナスタシアの魂を救済したと云う。
 タータリクスはこんな小さな事件にまで、イレギュラーズが出張ってくるとは思っても居なかったのだ。
「じゃあ……まあいいよ。好きなの持ってって頂戴な」
「今度は『使える』でいいんだよな?」
「特製だよ! ボクを信じてほしい!」
 胸を張るタータリクスに向けてブルーベルは大きな溜息一つ、不機嫌そうに踵を返す。
 湿っぽい室内には再び静寂が訪れた。

 一分。いや、三十秒ほど経った頃だろうか。
 タータリクスは椅子を蹴っておもむろに立ち上がる。
「きああああああっ!!」
 突如奇声を上げたタータリクスは腕を振るい、ガラスの瓶類をなぎ倒し始めた。
「アアアアアアアッ!!! なぜ! なあぜええ!」
 割れた破片が踏みしだかれ、流れた薬品が混ざり合って煙を上げる。
「ゲッゲハッ! どうしてこうなっちゃうのかな、どうして……」
 酷い臭いが立ちこめる中、口元を抑えて咳き込むタータリクスは、よろよろと壁際に歩み寄る。
「ああ……愛しの君よ…………ボクはただ、キミが……はい、壁ドーン!」
 タータリクスは壁に左手を付き、金色の髪へ愛おしげに指を這わせる。
「いつも綺麗だ……キミは……」
 指先から伝わるざらつき。固まった油絵の具、カンバスと顔料の質感。
 女性は――絵画だ。小さな冠を乗せて優しく微笑んでいる妖精の姿だ。
 タータリクスは額縁を両手で包み込み、描かれた妖精に唇を押しつける。
 たっぷりとした時間の後に、タータリクスは別れを惜しむようにそっと顔を離して。
「これは、どうにかしなくちゃいけないでしょう……」
 一転して落ち着いた様子のタータリクスが、棚に並んだ小箱の一つを開く。
 その中に仕舞われていたのは、まだ新しい幾本もの髪と乾いた血の塊だった。

 ――ああ。すぐに、すぐに会いに行くからね……
   愛しのハニー……マイ・リトル・プリンセス……

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 ''深緑で何者かが蠢いているようです。''
 ''深緑で出現している魔物に、イレギュラーズの髪等が採取される事案が発生しています。''


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