#author("2019-08-21T16:37:38+09:00","","") *TOPログ [#nef4c057] #author("2019-08-21T16:54:35+09:00","","") **Bの奴隷商 [#g541fa2e] 金属の音が鳴り響く。鎖か何かが擦れる音だ。 暗い。光など必要ないが如きそこは、地下だろうか? 少なくとも外の様子は窺えない。 揺らめく蝋燭の光が点々と……その周囲にあるのは古びた牢だ。中からはすすり泣く声が聞こえて―― 「けっ、うるせぇぞ! いつまでも泣いてるんじゃねぇ!」 怒号と共に衝撃。それは鉄格子を蹴りつけた音。 青い肌にふくよかな体格を持つ彼の名は、ブルース・ボイデル。本名をブルー・ボーイ。 B.B.とも称される彼は、とある地域にて己が山賊団を率いる首領でもあるのだが――最近ではラサや深緑で問題視されている『幻想種の奴隷売買』にも手を染めていた。いや正確にはどっぷりと手を漬けている、と言った所か……なにせ。 「――あまり『商品』を脅すな。活きがよくなければ満足しない顧客もいるのだからな」 「へへへ、こりゃ失礼しました……『ザントマン』殿」 此度。奴隷売買の黒幕と目されている『ザントマン』と直接の関わりを持っているのだから。 全身を防塵用の布、だろうか。とにかくマントに身を包んだザントマンの風貌は見えない。 が、本人ではあるのだろう。ブルーは彼のすぐ横を歩き、諂うように言葉を交わしている。 「売り上げは順調のようだな」 「『永遠に美しい幻想種』――はッ。そら買い手もいるものですよ。特に深緑に引き籠っている奴らなんて世俗の手垢が付いてない……そういう所に価値を見出す輩も多くて、銭に成る事成る事。山賊家業が馬鹿らしくなってきますわなぁ!」 手を叩く。笑顔と共に豪胆に笑って、奴隷売買様様とばかりに……しかし口調とは裏腹にブルーにとっては本音二割、世辞八割だった。 ラサ以外に中々交流すらしない深緑の幻想種には確かに貴重品ともいうべき価値がある。大きな利益を上げているのは確かだし、売られていった奴らが向こうで『どう』扱われてようが知った事ではないが――それはそれとして相応の『危険』も付き纏ってきているのだ。 聞く所によればラサの長である『赤犬』のディルクが動き出し、伴って国境を越えて動くローレットも確認されているとか。各地に調査の手が伸びるのもそう遠くはないだろう。美味しい所だけ味わってまた山賊家業へと……適度に手を引くべきか? 一人か二人、戦利品代わりに頂戴して…… (……ていうか本当にコイツどうやって深緑に忍び込んでんだ?) ザントマン、彼の正体はブルーも知らない。多くの幻想種を誘拐し、手引きも行っているのは確かだ、が。 例えば隠匿の魔術が群を抜いていようが事はそう単純ではない。 深緑は閉鎖的であるからこそ戦力や才人達の数に未知数な所がある。当然地理にもだ。 『迷宮森林』は外部の侵入を容易くは許さないし、深緑のレンジャー部隊も地の利を活かした防衛力を持っている筈だ。 分からない所に行き、分からない者達の目を掻い潜り何度と事を成す――? (待てよ……もしかしてコイツ……?) 「ところで……お前達に渡した瓶の効果はどうだ?」 ふと、ブルーの思考に過った一つの『推論』はザントマンの声に遮られた。 「小瓶……ああアレですか!」 言って取り出すは一つの『小瓶』だ。中にあるのは……砂、だろうか。 些か濃い目の、青い色をした粒子が収められているのだ。あまり量は多くはなさそうだがそれは。 「ザントマン殿特製の砂は好調ですよ……! 振るうだけで眠るだなんて便利なモノを……! 小煩いガキもぐっすり。騒がないのがなんとも良い」 特別な睡眠薬、と言った所だろうか。恐らくブルーに限らずザントマンの手が入っている奴隷商人達に配られているモノなのだろう。上手く振るえば対象の抵抗を削いで簡単に誘拐できる道具。 指で弄ぶ様にブルーは小瓶の中を見据えながらくつくつと笑う。 「これならかつて奴隷売買で栄えたという『砂の都』が再びラサに建つ日も遠くないですなぁ……!」 砂の都、なる言葉は特別な意味を持っていた。 それは深緑における『ザントマン』の御伽噺の如くラサ側で伝わる伝承の事である。今よりも何代も何世代も前。現在における首都ネフェルストの様に栄えた街があった。その街は奴隷売買で多くの富が溢れ、金銀財宝の山が築かれたという。 しかし他者を売り栄華を築くその有り様に怒り狂った魔女の手によって、一夜で砂に沈められた……と言う、古代都市伝説だ。ただ伝説とは言っても、実在した都が元の話になっているらしく、今でも古代都市の位置はトレジャーハンターによって探されていたりもしている。 ともあれ当時は深緑が今より遥かに閉鎖的だった時代。希少価値は今よりも高く。 深緑の者が運ばれてきて超高額で取引された事もあるとか―― 「砂の都、か」 と、その時だ。ザントマンが言葉を呟いて。 「案外遠い夢の話ではないかもしれんぞ」 「……ん? いまなんと?」 「気にするな。お前はただ幻想種共を売り捌けば良い」 人身売買は忌まれる文化だ。だが質によっては莫大な利益を生む一大市場でもある。 『需要』はあるのだ。人の業も在り続ける。さぁ―― 「売れ。売れよもっと派手に売れ。尊厳など知った事か、辱めろ。骨の髄まで売り飛ばせ。 奴らの価値を目に見える『数字』にしてやれ――金貨の方が重いと良いな?」 高笑う。彼の目には『人』など映っていない。 映っているのは『商品』だけ。 金貨に変わる、肉袋。 <グドルフ・ボイデルの関係者、ブルース・ボイデル(ブルー・ボーイ)> ※深緑にて『ザントマン』の噂が広がりつつあります。 幻想種の誘拐事件が多発している様です……