――それは黄金の昼下がり。物語の始まりは何時だってそうやって始まった。
槌の代わりにフラミンゴ、ボールの代わりにハリネズミ、ゲートの代わりに生きたトランプを。
庭の白薔薇を赤く塗るトランプ兵。ハートのジャックは女王のタルトを盗んだかしら?
何時だって『私』はウサギを追いかけるし、子猫をしかりつけて空想の物語に浸るのよ。
けれど、その『私』って誰かしら? 有象無象に沢山居る『アリス』たち?
いいえ、物語の登場人物である『私』は主人公<アリス>であることでしか存在意義が存在していないの!
だから、幸せに過ごしましょう。幸せに。幸せに。
此処は――『ワンダーランド』。私が『私<アリス>』で在るための場所――
「観測結果は?」
静かな声音で告げた佐伯・操に対してDr.マッドハッターは「勿論素敵な物語を与えてくれたようだよ、ミサオ」と微笑んだ。
練達。『実践の塔』――佐伯・操の研究室にて。
モニター上に羅列された文字列をまじまじと見詰めながらティーカップを傾けたDr.マッドハッターの隣ではファン・シンロンが補佐役としてレポートを書き連ねている。懸命にプログラムを入力する操は「其の儘頼む」とだけ静かに呟いた。
「然し、貴重なお客様だよ。私は癇癪持ちではないし、時間が止まってしまってからと言うものの何でもない日のパーティーを忘れたことはない。いいや、ミサオ、そういえば君は今日は誕生日ではなかったかい? もしくは、ファン。君の誕生日パーティーをしようではないか」
「生憎だが、私は誕生日ではないし、ファンも違う。芋虫は煙草を吹かさないし、特異運命座標(アリス)だって遊びに来てはいないんだ。手を動かしてくれないか? ドクター」
褪めた声音でそう言った操にファンは小さく笑う。Dr.マッドハッターを何だかんだと『操縦』できるのだから『練達三塔・塔主』という存在は其れだけでも有能で有ることが分かる。
……さて、現在『セフィロト』には何らかの敵勢反応が存在して居る。何らか、と称したのはそれが『空想』の存在であるからだ。故に、『空想』に耽り、物語のように語らうマッドハッター――『観測者』として不向きであるのを操とて重々承知なのだろう――が敵勢対象の思念を読み取る練達特製の科学装置の前に座しているのだろう。
「ああ、ミサオ! どうしたものだろう。此れは幻想王国に存在する『果ての迷宮』の10階層、と言ったかね? その奥に存在した『境界図書館』の『物語』に酷似したデータではないだろうか! 分かってしまったよ、ミサオ。特異運命座標(アリス)達が境界に潜り境界深度が高まったことで『あの世界が混沌世界に取り込まれた』のだろうね。だが――」
「ああ。取り込まれた、が、混沌世界は彼女たちを肯定しなかったのだろう。『滅びのアーク』の蓄積は境界の彼女に影響を与えたか」
「ミサオ、彼女<アリス>が何かを言って――」
「……読み取りは終了だ。一先ずは、構築が完了した『疑似世界』へと彼女を世界ごと閉じ込める。
ファンはローレットへ至急連絡を。セフィロトを模した疑似世界だが、彼女による侵食速度が余りにも――」
ピ―――
操の背後に存在して居たコンピューターから聞こえたエラー音に操は小さく舌を打った。
「ミサオ、我らが中央制御システム――『愛しのマザー』へ補佐を申請するかい? 彼女だって君の願いならば無碍にはしないだろう?」
「……いいや、一先ずは私達で対応しよう。疑似世界から一旦本へ戻す。ドクター、君が聞いた思念は『旅人を狂気へ陥らせる声』だった。それは練達にとっては危険だ。『マザー』に不安を与えたくはない。
ローレットに協力を仰ぎ、彼女を――ライブノベル『黄金色の昼下がり』の主人公<アリス>を、一度本へ戻そう。作戦会議は、そこからだ」
仰せのままに、とうっとりと微笑んだDr.マッドハッターに操は小さく溜息を吐いた。あの声は、旅人の多い練達にとっては危険すぎる。 脳裏にこびり付いた声を忘れるように、マッドハッターが振る舞う紅茶に口を付けて「渋い」と操は呟いた。
――こんな世界下らないわ。
『わたし』の物語じゃないなら、壊してしまいましょう。あなたたちだってそうでしょう?――
*領地でRAIDイベント『色宝争奪戦』が開始されています!
この結果により『ファルベライズシナリオ』に影響が生じる場合があります!