罪を罪と知り、その癖罰知らず軽侮するその空間――
今そこに在り、混沌の何処でも有り得ない。まさに欺瞞と矛盾が満ちるその場所は、終焉(ラスト・ラスト)の最深とも本質とも呼べる彼等『冠位七罪』の為だけにある深淵の円卓である。
「事態は知っての通りだ」
静かに吐き出された言葉はその中心に座する美しい男の発したものだった。
彼(イノリ)が見回すのは六つの子であり、兄妹である。しかしながら『冠位七罪』の名が示す通り――本来ならば彼が見回す兄妹は七つ存在しなければならなかった筈だ。原罪(イノリ)が産まれ落ち、それを七つに分けた遥かな昔から、一度として変わらなかった変更がそこにある。
一つの空席に目を細めた彼の言葉はまさにそれに言及するものであった。
「これだから小物はいけねぇわ。
だが、まさか、人間なんぞにやられるとは思わなかったぜ。冠位の面汚しがよ」
頭をばりぼりとかく仕草をした『憤怒(バルナバス)』が然程の感慨も込めずに言った。
「総力戦ってのか? 連中もいい線いってたのは認めるけどよ――冠位二つ揃えて、ねぇ?」
皮肉めいた彼の言葉の矛先は同じく天義(ネメシス)に根を張る『傲慢(ルスト)』を揶揄するものだ。
「それは私に対する宣戦布告か? バルナバス。今この場で序列をハッキリしてやるのは吝かではないが?」
「ああ、イイねぇ。そのスカした面を一度思い切り殴ってやりたかった所だった!」
……実際の所、先に生じた『ベアトリーチェ事変』は冠位同士の連携等微塵もないものだった。
ルストはバルナバスの言葉を否定するだけの材料を十分に持ち合わせていたが、『傲慢』はそんな手順を踏む事は有り得ない。と言うよりもバルナバス自身、それを理解した上でけしかけているで間違いない。
「……男ってホントにバカよねぇ」
そんな二人を半眼で見つめて心底げんなりした溜息を吐いたのは『嫉妬(アルバニア)』だった。
「そういうアルバニア殿も雌雄の別では男に分類されるのでは」
「キィ! そういう事言ってないのよ!」
余計な嘴を挟んだ『暴食(ベルゼー)』の言葉に眉を吊り上げるアルバニア。
「うにゃ」
『怠惰(カロン)』はと言えば言葉を発する事も無く何と居眠りをしている始末。
「……………男って本当にバカですわあ」
『色欲(ルクレツィア)』が尚深い溜息を吐き出せば、剣呑な空気が幾らか収まっている。
「今日も兄妹仲は良好で大変結構。それから『ありがとう』。アルバニア」
イノリの言葉を受けてアルバニアは「どうしたしまして」と肩を竦めた。
彼はふと考える。冠位七罪(きょうだい)が揉め事を起こした時、決まって話を元に戻して仕切り直すのは六位(いもうと)の役割だった。その彼女が今は居ない。何となく役割を受け持ってしまった事実がそれを彼に強く意識させていた。
「君達がどう考えるかは別にして、君達のその言葉がどれだけの本気かは別にして。
冠位強欲(ベアトリーチェ)が失陥したのは偶然でも奇跡でも無い。そんなフロックは有り得ないんだ。
いいかい? そこを間違えちゃいけない。
彼等(てき)は確かに君達からすれば取るに足らない力しか持ち合わせないかも知れない。
でも、それは彼女(ベアトリーチェ)自身だって感じていた事に違いないだろう。
だが、話はどうだ? 現実に冠位は欠け、彼女は消滅した。
……まぁ、ルストには嫌な仕事をさせてしまったとは思うけど。
冠位強欲が滅びるというならば、他の冠位が滅びない理由はない。
まさかそれを認識出来ていない君達とは思わないが」
イノリの言葉にルストは「フン」と鼻を鳴らす。
実際問題、ベアトリーチェだったものを消し飛ばしたのは彼だがイノリの言葉は間違っていない。
「自分だけは別」というのが彼当然の言い分だが、『妹を消し飛ばした』のは別に望んでした事では無い。
彼は絶対に口に出さないが――『そのような事態、出来れば繰り返されないに越したことはない』。
原罪円卓(かぞくかいぎ)は相反する姿を併せ持っている。
混沌を罪に染める破壊者の側面と。どのような悪、どのような罪さえ同時に持ち合わせる一縷の『情』。
それは互いを軽侮し、牽制し、悪罵する表層を見ても決しては浮かび上がらない彼等の一側面である。
イノリはその全てを正確に理解し、我が子等を諭すように続けた。
「ざんげの『空繰パンドラ』が、特異運命座標によって強く機能している。
とはいえ、それは『滅びのアーク』も同じ事だ。
ベアトリーチェは決定打を打てなかったが、世界の混乱は即ち僕達の目的の糧となるだろう。
元々あんな玩具じゃ、父の悪足掻きでは滅びの未来は変わらない。依然有利は全くもって僕達にある。
未だ結論は疑いないが、次の手が必要なのもまた事実だ。そうなれば――」
「――次はアタシかしらねぇ」
イノリの言葉を継ぐようにアルバニアが冗句めいて手を挙げた。
「ネオフロンティアが何だか企んでるみたいなのよね。
彼等が世界の果てを目指して頑張り始めるのは何年ぶりかしら。
まぁ、繰り返してきた失敗だけれど。今度は」
「『不可能を可能にする連中が居る』。ですわね」
「そうそう。ひょっとしたらひょっとしちゃうかも分からない」
合いの手を入れたルクレツィアにアルバニアは肩を竦めた。
『絶望の青』を超え、遠洋の先に遥かな冒険を求めるのはかの国の宿願であり、繰り返されてきた大事業だ。
特異運命座標(イレギュラーズ)という最高の協力者を得た現在、その士気が高まっているというのなら。
「……アタシの出番よね、どう見ても。
人並みの幸せに、あるがままで留まっていれば可愛げもあるのに。
ああ、本当に嫌い。大嫌い。現状を変えるとか。
明日は今日より良い日だろうとか、根拠ないヤツ。
自分だけ幸せになってやるみたいなそういうの、本当に大嫌い」
――妬ましいから――
柔和な面立ちに深い憎悪を覗かせたアルバニアは本人の美貌も相俟ってまさに妖気を湛えている。
「成る程、じゃあ次は君の番になるんだろう。くれぐれも気をつける事だ」
イノリは口元を僅かに歪めて言葉を続ける。
「ベアトリーチェが居ない事が僕は悲しい。君まで除けたら、喧嘩だらけになるじゃないか」
イノリの言葉が冗談か本気かは七罪にも分からず――
「……にゃっ!?」
――ぱちんと鼻ちょうちんを弾けさせたカロンが何とも言えない空気にきょとんとした顔を見せていた。
※終焉(ラスト・ラスト)の狭間で何かが蠢いています……