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コン=モスカ

●あの日、見た夢
 破滅の時間が訪れる。
 荒れ放題の『絶望の青』さえ黙らせる――終焉と漂白の時間がやって来る。
 神威が前に人の営みは意味を持たず。
 神威が前に抗う意志の全ては無為に堕ちよう。

 ――ああ、ああ。
   そうか、そういう事だったのか。

 無限に引き延ばされたスローモーションのような時間の中、『彼女』は、走馬灯を見るようにこれまでの『全て』を述懐した。
 産まれてきた意味、死んでゆく意味。
 滅びゆく血筋。永遠の停滞。澱。希望の名――コン=モスカ。
 気の遠くなる程遠い年月の彼方から、役目は続く。
『絶望の青』に挑む冒険者や海賊に祝福を与える事もあった。
 荒ぶるかの海より訪れる災厄を鎮め、元に帰す役割を負ってきた。

 ――だから、きっと。すべてはここにつながっていた――

 妹(クレマァダ)は浅き夢を視る。
 神託程確かではなく、しかして必ず当たる遥かな夢を。
 コン=モスカの祭祀として役目を背負った彼女は旧き血の『業』を継いだ。
 翻り、己はそもどうだったか――
『彼女は、空虚である事こそを求められた』。
 クレマァダはコン=モスカの全てを注ぐ事を望まれ、その片割れは何も注がない事を望まれたのだ。何故かと問うが愚問である。『彼女』とて、この瞬間まで考えた事さえ無かったけれど。

 ――嗚呼、嗚呼。わかった。わかってしまったとも。
   あなただったんだね。僕(クレマァダ)の夢。
   海の王様。たぶん、きっと――僕は、このために、生まれて来たんだ――

 死の竜門が水を帯びる。
 圧倒が、絶望が眼窩の全てを押し流す――それは確定的な未来だ。
 他の誰にも止められない、他の何にも止められない。
 魔種であろうとも、パンドラであろうとも。
 或いは何処かに存在するかも知れない神意であろうとも。
 されど、されど。例外がたった一つ、たった一つだけあるとするならば――

 ――――♪

 それは清浄なる蒼の歌。
 コン=モスカの――空っぽの巫女の歌う海の歌だ。
 それは賛歌である。『近海の守護者である水神様が人に乞われたのと同じように、絶望の青を祀るコン=モスカは記録にも記憶にさえ残らないリヴァイアサンを讃えていた』。
 人の身で竜の心を得る事は不可能でも、『空っぽ』ならば話はどうか?
 深すぎる竜のそれを呑み干し、受け止める『竜の器』ならば話はどうか?
 長き時間の果てにコン=モスカは理由さえ忘れていた。忘れながらも理も知らず、愚直にそれを積み重ねた。当代巫女まで。彼女自身、その意味さえ知る事無く。
 故に、今。失われた血筋の、とうに絶えて久しい波濤の奇跡は。
 まさに――大いなる代価を糧に奇跡の道を踏み、この現代に遠き全てを再現する!

 ――緩慢な怠惰。沈みゆく意思。見失った幸福。
   違うんだ。そんなの、人間じゃない。
   僕の信じる人間達は、無理でも無茶でも死ぬ気でも、前に進む生き物たちだ!
   だから……だから、そう。何があっても悲しまないで。
   いや、悲しんでくれたら嬉しいけど、その足ばかりは止めないで。
   僕の大好きな君達の、旅路をきっと『聞かせて』欲しい――
 
「――モスカの加護が、どうか皆に届きますように。いあ ろぅれっと ふたぐん♪」

●わだつみの歌
「……は……?」
 心底、理解が出来ない――そんな声を発したのは他ならぬ冠位アルバニアだった。
 大海嘯が彼の思惑通り全ての愚かなるモノを呑み込み、吹き飛ばすかに思われたその時。
 戦場――この広いフェデリア全域――には、少女の歌声が響いていた。
 それは不思議な音楽だった。穏やかでありながら冷たく、美しくも奇妙であり、心を静めながらも掻き立てる総ゆる矛盾に満ちた『音』だった。
 神聖な奇跡の光さえ帯びながら、ふわりと浮かび上がり音を奏でた少女の名はカタラァナ。

 このままでは艦隊がもたない――
 明晰な頭脳で状況を読むマルクは彼方に轟いた破滅の消失を確かに見た。
(……僕に、もし。もし、リヴァイアサンから誰かを守れる力があったなら……)
 海洋王国の軍船で唇を噛んだ利香は見た。
「雨垂れ、なんて……言うじゃない。言って、くれたじゃない。
 ……こんな贅沢な雨垂れ、ある訳ないじゃない。
 あってたまるか、流石の夢魔だって知らないわよ――」
 無意識にその唇から言葉を零れさせたウィリアム・M・アステリズムは見た。
「退く訳にはいかないだろう。戦うんだ。勝って、生きて帰る為に――
 負けられないんだ。諦めるなんて、もう何処にも無い」
 激励を、宣誓を、そして確認を。言わずにいられなかったミミは見た。
「……怖い嫌だ逃げ出したい……正直そう思ってるです。
 でも……でも。やるべき時はやるんだって、やらなくちゃって――今は頑張る方を選びたいのです!」
 少女の歌と遠く孤独なる鏡写しの冠位に想いを馳せる縁は見た。
(……お前さんはきっと、心底分からねぇって顔で怒ってるんだろうな。
 分かるぜ。お前を見てるとついこの間までの自分を思い出すからよ。
 未来は変わらねぇって、何をやった所で無駄だって――つくづく、俺が『そっち側』に近かったんだって思い知らされて嫌になる。だが、だがな、アルバニア。
 ……未来は、変わるんだよ。俺も変わったし、今、見ただろう?)
 遠く、目を細めたウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズは見た。
「この世でもっとも『強きもの』、か」
 幾ばくか空虚に響いた自身の言葉に彼は僅かな苦笑を禁じ得なかった。『大海嘯』の結末は、今自身が見ている光景は、届かぬ怪物が見せた弱さだったかも知れない。
「乗り越えなくてはいけないのなら、やってみせるさ。
 僕も――僕も、そう。イレギュラーズだからね!」

 艦の多数を中破状態に陥らせながらも、未だ奮闘を続けている。
 鉄帝国の鋼鉄艦の上で、利一は見た。
「あの、圧倒的だったリヴァイアサンが揺れている――」
 無数の一のその積み重ねが『運命』を引き寄せる様を見た。
 運命が捻じ曲がる刹那を、或いは後世に続く歴史の分水嶺を目の当たりにしていた。
 戦闘を続け、自身も突っ込むべきか否か、まさに今決を打とうとしていた行人は見た。
「……実際、格好つけすぎだろ。俺が続けたかった『旅』にはお前も――」

 傷付いた水神様の背の上で血の匂いに群がる狂王種を跳ね除けながらゴリョウは見た。
「この海はダンスするにゃあヤンチャが過ぎる。
 だからこそ、その歌が、そんなに綺麗な歌が必要だったってか……?」
 己が信ずる水神様を、傷付き疲れ果てた彼女を守るカイトは見た。
「喰われてたまるか、何度か喰われたことあるけど、死ぬわけには行かないってさ!
 だけどさ。こんなの、無いだろ。折角ここまで――ここまで来たのに!」
 羨望を隠さず、遠い目をした愛無は見た。
「尊大な羞恥心。臆病な自尊心。『嫉妬』とはそういうモノだ。
 きっと僕は――この光景を、この時間を。もうずっと忘れられないだろう」



 ……放たれた『滅び』の名は大海嘯。
 それは海神に歌を捧げたカタラァナの眼前で『彼女だけを呑み込んで消え失せた』。
 残された静寂は非現実的な奇跡の光景が少女との永遠の別れを意味する事を教えていた。
 非現実的な光景が、勝利への唯一の道筋を更新した事を教えていた。
 コン=モスカは『絶望の青』を讃える祭祀。
 旧き血が奉じたのは『滅海竜リヴァイアサン』。
 神は時に無力である。己が心に触れる、己が信仰ばかりは――破り得ない。



※カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)さんがPPPを発動し、『コン=モスカの使命を思い出しました』。
 彼女の竜心共鳴により、神威の一部が吸収され『大海嘯』が止まりました!
 ブラッド・オーシャン及び連合艦隊が一先ずの大危機を脱したようです!


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