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サリューの昼下がり

「それで、主の実験とやらはどうなったのじゃ」
 我が物顔でソファに深く腰掛けた剣客の声に屋敷の主は愉快気な視線をやる。
「お陰様で――捕まえた獲物は逃した気はするけどね?」
「戯けが。わしの仕事は主の約定通りであろうに」
 本気ではない皮肉の言葉に剣客――死牡丹梅泉はせせら笑う。
 イレギュラーズがこの屋敷を訪れたのはつい先日の事である。
 商都サリューに纏わる暴動事件は不可思議が多く、結論を言えばローレットは事件がこの男――サリューの領主とも言うべき商人クリスチアン・バダンデールの悪趣味な仕掛けによるものだという事を理解している。
 しかしながら当然と言おうか権威主義の横行する幻想では、真相が云々の問題では無く、クリスチアン程の男を追い落とす事は中々難しい。イレギュラーズが次に事件の話を聞いたのは『暗殺者に襲われ手傷を負いながらも彼が見せた的確な対処により』サリューの暴動が完全に集結したという話だったのだから、徹底している。
 確かに外の風景はすっかり落ち着きを取り戻しており、一時の惨状はまるで嘘のようだった。
 先だって起きた大規模な暴動でレガド・イルシオンを騒がせた商都サリューはリーゼロッテに終結宣言を出したクリスチアンの手腕を表すかのように全く平時のように現状回復へ向けた動きを忙しなくしていた。
「――して、次はどうするのじゃ?」
「どうする、とは」
「面倒な男よ。わしにいちいち無駄な問いをさせるでない。
 先のが実験だったなら、次もあるという事じゃろう。さもなくばわしをこんな退屈な街には留めまい」
 梅泉の報酬は並の兵隊ならば相当数は雇える高額だ。
 二人が出会ったのは偶然だが、流石の富豪も無意味に長く飼えるような男ではない。
 カネもそうだが――それ以外も。雇い主を斬殺したとて、驚かないような邪剣である。
「バイセン、君は趣が無くていけないな」
 溜息を吐いたクリスチアンの内心はしかしポーズとは違うようだった。
「先の実験は上手くいったとして、次は実地テストかな。
 私がしたい事は決まっているけれど、これはどう転ぶか分からない。
 とは言っても、これは時勢の問題でもある。私が何かをしなくても何れはそうなるのかも知れないけどね。
 何にせよ、その場にある好材料を生かす事も重要だ。幸いにあのサーカスが耕してくれた土壌が……
 そう言えば、例の盗賊連中も居たね。千客万来といった感だ。
 ……うーん、あの『ローレット』は迷惑に思うのか、それともチャンスと思うのか――どっちだろうね」
「……面倒な男じゃ。だが、問うてやるとしよう。
 クリスチアンよ。主は国が欲しいのか? 王になりたいのか」
「馬鹿な」
 梅泉の言葉をクリスチアンは一笑に付した。
「そんな事、微塵も望んでは居ないさ。王なんてもの、このサリューの『維持』と何も変わらない。
 規模を大きくして、面倒事を増やして――その癖大して代わり映えしないなんてぞっとするね。
 そうだな、私は『楽しみたい』だけだ。世界が不安定になる程に、私の望みは叶うだろう。
 だから、敢えて格好つけるなら一連は実験で、実地テストで、下ごしらえで、遊戯であるとも言える。
 上手く行っても面白いし、別の展開になっても楽しめる。ストーリィは多彩な方が上出来だからね」
「成る程。単なる邪悪じゃな」
「君だって何の為に強くなる? とか愚問だと思うだろう?」
 尋ねられた梅泉は大した興味も無いようだった。
 野望も狙いも無く、手段が目的と化している。
 それを理解しながら手段を目的と肯定している。
 その愚かさを知りながら、愚かさにこそ酔っている。

 ――ただ一つ。笑顔で無辜の人を害する者を人は『悪魔』と呼ぶのだろう。


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