ゴロゴロと雷の音が遠くに聞こえた。
天の怒りとも、地の慟哭とも取れる低く重苦しい轟音は世界を包む澱である。
人々の不安を、運命の暗転を表すかのような鈍色の空は滂沱の涙を聖都へと降らせるばかり。
曇天の零した雫が地面に無数に跳ね返る。
その合間に絶え間なく聞こえてくるのは甲高い銃声とくぐもった破砕音だ。
「この国はどうなってしまうのか……」
厳めしい顔をしたリゴール・モルトンは窓の外に見える聖都の町並みを見つめる。
リゴールの瞳に映るのは白と灰色の風景だ。しかしそこに見慣れた整然たる表情は無い。
彼の顔色を悪からしめる材料と等しく、街は平素のものならぬ鬱屈と騒乱に満ちていた。
月光人形の出現から始まった天義の騒乱は、この期に及び聖職者勢力を二分するまでに至っていた。
天義という国家の運営を酷く難しくする教会勢力は元々絶大な力を持っていたが、現在はそれをしても非常である事は否めない。国王にして法王たるシェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世の統制力は高いが、民心の乱れと王宮執政派の助力を受けたアストリア枢機卿の動きは厄介極まりないものになっていた。結果的に生じた派閥めいた状況は、対立軸のままに聖都の均衡を崩していた。そこに天義の歴史もその名を覗かせる――高位聖職者であるリゴール等、一部の人間は旧き文献にその影を見ている――魔種の存在が絡んでいるとあらばこれは最悪と言わざるを得まい。
「青天の霹靂か。まさか、こんな事になろうとは」
些か融通は利かないが、フェネスト六世はカリスマと公明正大、度量を併せ持つ立派な天義王である。
中枢に多少の問題を飼っていたとはいえ、清流の天義とて人の世の営みなれば。多少の濁も併せ呑むべきは必然。
篤実たる聖騎士団長の存在もあり、その治世にこんな事件が起きようとはリゴールは思っていなかった。
「……青天の霹靂、か」
目を閉じ、額を押さえたリゴールの瞼の裏に在りし日の妹と親友の姿が浮かんでは消えた。
運命は残酷だ。誰しも、誰をも、何をも。国も命も愛も全て波のようにさらってしまう――
詮無き思考をリゴールは苦笑で振り払った。
どれ程に追い込まれようとも、世界に棲むのは悲劇だけでは有り得ない。
開かれたパンドラの箱と同じように、底の底に希望は残されているものだ。
「ローレットのお陰で最悪の事態は回避された。ならば、この先も――」
月光人形討伐に駆り出されたイレギュラーズの功績は大きかった。
聖都が『大混乱で済んでいる』のも元はと言えば彼等の尽力が大きいと言えるのだ。
「頼らねばならぬのが、心苦しいが……」
再会した旧友は――優しかった彼はすっかり逞しくなって自分の前に姿を表した。
呼び声に惑うリゴールを引き戻し勇敢に戦ったイレギュラーズを、また頼りにしなければならない状況に杖を握りしめる。けれど、最早どうすることも出来ない事態にまで広がった混乱はリゴールや他の司祭だけでは収拾を着けることが出来ないだろう。
動乱が長引けば、それだけ犠牲者も増えるということ。
彼ならば、彼等ならば。都合の良い期待感と知れているが――すがる想いは止まらない。
リゴールは、目を伏せてロザリオを握りしめる。
「どうか、この国を救って欲しい」
独白めいた言葉は、かつて『断罪すべき』と信じた『汚れたもの』に捧ぐ祈り。
――不正義のカタチをした彼へ宛てた、心からのものだった。
※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……