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北部戦線・収束

「南部戦線で新生砂蠍の潰走が確認されました。また、陛下もご無事の様子。
 ローレットがやってくれたようですが――こちらも素晴らしいお手並みでした」
 厳格な面立ちに気難しい表情を貼り付けたままの『黄金双竜』レイガルテにそう述べたのは、同じく流麗なその美貌に安堵と疲労の色を貼り付けた『遊楽伯』ガブリエルだった。
 幻想南部――『新生砂蠍』の挙兵を発端に始まった一連の動乱は、レガド・イルシオンの長い歴史の中でも特筆するべき動乱となっていた。国家重鎮たる貴族の彼等も今回ばかりは至極真面目な国防の対応に追われ、不休の指揮対応に努めていたという訳である。
「ザーバがローレットを引き込んだと聞いた時には驚きましたが……
 結果としてほぼ痛み分け――ですが、幾分かは我が国の側に有利があったようですね。
『彼等の活躍』もあり、防衛線は保たれました。
 尤も、ザーバを抑えられなければ、敗北は必至だったでしょうがね」
 ガブリエルの言葉はレイガルテへの報告であり、称賛であり、婉曲な皮肉と試しを含んでいた。
「これも――ザーズウォルカ殿の奮戦あっての事。
 幻想最強の騎士の名は伊達ではありませんね。それにしても流石だ。『リーゼロッテ殿がザーバを抑えつけているその間に、主力たる騎士団を用兵する公爵閣下の采配はお見事でした』」
「ふん」
 ガブリエルが何を言いたいかを鋭敏に察したレイガルテはその言葉を鼻で吹き飛ばす。
「此度の動乱を沈めたのはあくまでフィッツバルディ家――つまりはわしとその伴の用兵よ。
 物事には優先順位と道理というものがあろう。猪武者の小娘はまだまだ青いわ」
 暗殺令嬢のあの憤りを見れば、責めるも酷かも知れない。
 まさに一枚上手という事だろう。
 リーゼロッテはザーバを引き込み、後は任せるというレイガルテの策に一もニも無く飛びついた。
 レイガルテは彼女にそんな餌を出し、配下の黄金騎士をもって最大の戦果を横から掠め取った格好である。
「それで、貴様の方も抜かりはないのであろうな?」
「当然です。北部戦線が動いた原因――
 つまり、スチールグラードで起きた穀物庫への破壊工作の情報は掴んでいましたからね。
 帝都へ使者を派遣し、我がバルツァーレク家の名の下に調査の約束と人道支援を申し出ました。
 戦況と合わせて冬を迎えた鉄帝国には厭戦気分も広がりましょう。故にこれでおしまいです」
 戦争とは外交の一手段であり、外交は戦争の一手段でもある。
 ガブリエルの立板に水を流すかのような説明にレイガルテは頷いた。
「ザーバを潰走させる事はやはり叶いませんでしたが……
 北部戦線も間もなく収束するでしょう。しかし、恐れながら閣下。一つだけ確認をしたく存じます」
「申してみろ」と顎をしゃくったレイガルテにガブリエルは表情を引き締めた。
「閣下は彼女を捨て駒にする心算で、作戦立案を?」
 少なからぬ猜疑と、僅かばかりの憤慨を込めたガブリエルの言葉にレイガルテは苦笑した。
「馬鹿な。それこそ馬鹿な話だ。
 ザーバと小娘、共倒れしてくれるなら万歳よ。しかし、彼奴ならこの程度の仕事は果たせよう。
 小賢しい事を考えるな、遊楽伯。わしは人物の好悪を能力評価に加える愚者ではないわ」
 ガブリエルを一喝したレイガルテの物言いは政敵への不可思議な『信頼』を含んでいた。
 かの鉄帝国の守護神を相手にしても、そう滅多な事では死にはすまいという何とも全く素直ではない――
「それはあのローレットにしても同じ事よ。連中はわしの期待に応え、ほぼ満点の回答を出したではないか。  貴様はそんなわしの鑑定眼を疑うのか? 遊楽伯」
「……それを聞いて安心しました」
「くだらん」と嘆息したレイガルテだが、心底気分を害した様子は無かった。
 ふと思いついたようにガブリエルに尋ねる。
「それで、小娘はどうしたのだ」
「……彼女は暫く我々の前――少なくとも閣下の前には姿を見せないでしょう」
「もう戻ったのであろう?」
「ええ。散々な格好でね。とんでもない気位の持ち主です。
 彼女は傷んだ格好を人前に晒せる程、素直な女性ではありますまい――」
 今回ばかりは流石に相手が悪かった。
 襤褸になった青薔薇を見たいと思うは身の毒だ。
 見たいだろうが、見ぬが華よと。叶わないのは常である――

※戦況が更新されました。『新生砂蠍』が潰走し、北部戦線が幻想有利で終結しました!


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