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原罪(あい)或いは罰(せいぎ)の詩

 正義とはなんなのだろうか。
 少なくとも形を持たぬものだ。
 見る人間により、如何様にも変質する不定形だ。
 誠実な概念であり、不実そのものですらある――この国の誰が否定しようと。
 誰もが言う。耳障りな程に伝える。  正義。正義。正義。正義!  正しくあれかし、美しくあれかし。正義に従えと。唯、正しき事を成せと。
 此の世の誰にも『正しい事』なんて確定出来はしないのに!
「第一、正義とは何だ」
 苦笑いと諦念を交え、アシュレイ・ヴァークライトは嘆息交じりの言葉を吐き出した。
 色濃い疲労と苦虫を噛み締めたようなその顔は胸の内に燃ゆる不合理への怒りを感じさせるもの。

 正義とは何だ。
 魔種を討つ事か。成程。
『正しき』に従わぬ者を討つ事か。成程、成程――

 神は確かに天上におわすのだろう。
 さりとて、神の代行者を気取る人間は――何処まで行っても神ならぬ人間でしかない。
 有り難き経典も、信仰の盾も。物言わぬ神は決して『正解』と担保はすまい。
 ならば、究極的に――悪とは誰が定める。正義とは誰が定める?
 問えば皆言う『神の御心のままに』。その御心は一体誰が『保証』しよう?
「……思考停止だ。この国は神ならぬ人の国だ。『そういう』正義を望まれたのは誰なのだかな」
 ネメシスとは天罰の称号でもある。
 その罪と罰は時と場合をそう選ばぬ。
 時として子供ですら『悪』と見なして断罪を成す――神が望まれたのだと胸を張って。
(神が。神が。神が。神が――馬鹿共めが。大いなる神がそんな狭量を望むものか!)
 今この瞬間、何に身をやつしたとて。アシュレイの胸に信仰が残る限り、この怒りは消しても消えぬものだった。
「……あなた」
「――いや、まったく……どうしても、ね」
 目頭を押さえたアシュレイは、妻の言葉に脳の奥を痛ませる憤怒の色を押し込めた。
 アシュレイ・ヴァークライトは、かつて天義に所属していた騎士の一人である。とある任務の際に自身のとった行いが『不正義』と断ぜられ――死の淵を彷徨った者である。天義には珍しい話では無く、しかし彼が特別足り得るのは魔種として反転の切っ掛けを得た事と言えるだろうか。
「いえ、ごめんなさい……こんな事を言っては、いけないのかも知れないけれど――」
 そんなアシュレイに寄り添うのは妻であるエイルだ。
 尤も彼女は……己が娘をこの世に産み落とした際に亡くなってしまった――筈の存在。
 詰まる所、彼女の正体は天義を騒がす『月光人形』。魔種たるアシュレイとて、彼女が仮初である事は理解しているが、『魔種である彼だからこそ、妻に良く似た――妻そのものとも言える存在を否定する理由は一つも無い』。
「すまない。だが煩わしいこの感覚も……もうすぐ終わりだ」
 アシュレイはエイルの頬へ手を寄せる。
 そう、終わりだ。終わるのだ。
 男だろうが女だろうが子供だろうが老人だろうが実は間違っていなかろうが――『そう』だと決めれば断罪の道へと突き進むこの国は。人の血の通う――心を否定し、システムに成り下がった信仰をぶら下げるこんな国は。
 否、この手で終わらせねばならない、とアシュレイは強く堅く誓っている。
「変わるのだ。胡坐をかいた正義は」
 全てが激変する。後には何も残らない。何も残らなくても――やがて次は生まれるだろう。
 間違っていたとしても、今より悪かったとしても、悪かったならばまた『神』が正すだろうから。
「行こう、エイル。私達にはまだ守らなければならないモノがある」
「ええ、あなた。今度はきっと――あの子も分かってくれるから」
 真なる神の声を聴けと、聖都では動揺が広がっていると聞いていた。
 枢機卿は過ちの神の呪縛を振りほどきたまえと。今こそ声を張り上げろと甘く囁いているのだろう。
(そうだ。そうだ。皆目を覚ますのだ。この国は本当に正しいのか?
 振りかざした正義という美酒に酔いしれるは怠惰であると気付けないのか?
 今こそ戦え。守るために戦うのだ。
 友を守れ。子を守れ。
 親を、家族を、恋人を。親しき者を、戻ってきた者を、罪なき者を。そして――)

 自らの内に燃え上がりし、真なる正義を。

「あぁ――」
 独白めいたアシュレイは妻の手を取り月を見つめる。
 誰にも私達を『悪』と言わせてなるモノか。
 戦おう。戦おう。時は近い。邪魔をするなら妄信せし騎士団も、その団長も国王も。
「薙ぎ払うのみ」
 言葉は硬質に、強く。
 その言葉は無論――公然と掲げる『正義』への疑問と共に。
『今、自身の元へ舞い戻ったエイルを守り抜かねばならぬという我欲にさえ満ちていた』。
(天義よ。我が故郷よ。今こそ正しき形に生まれ戻りたまえ。なぜなら、そう。
 神が正義を望まれているのだから――)
 愛は果てない。
 それは神が造り給うた最も美しい感情に他ならないのだから。

※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……


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