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大号令発布につきII

「それにしても……大した騒ぎだな。
 分かってはいたが、余程『溜まっていた』と見える。
 まるでお祭り騒ぎと言う他はない」
 肩でコートを着こなす流麗な男が久方振りに眺めるリッツパークの風景はやはり出色のものだった。
 エルネスト・アトラクトス――光鱗のアトラクトス、その族長は、諸島部の拠点を中心にスティールベイン号を駆る自称貿易商。彼は勢力圏の貴族と結びつき、『持ちつ持たれつ』の関係を構築する――所謂『まっとうでない有力商人』の一人である。
「きひひひっ、まぁ、盛り上がってるのが一番じゃなイ?
 フィフィ、退屈なのが一番嫌い! だからこれは大歓迎!」
 まっとうでないと言えばもう一人。
 時には商売敵、時には協力者――一概には言えない難しい関係だがエルネストが今夜出会った顔馴染みの一人目は、海洋を拠点に活動するギャング集団《ワダツミ》の構成員――あどけないとも呼べる外見や口調を時に裏切るフィフィである。
「花火とか上がらないかなぁ。モットモット――断然盛り上がれば楽しいのにネ!
 夏のお祭りに負けないくらい、モットモット。いいんじゃない? そういうのサ!」
「まぁ、女王陛下があれだけ派手にぶち上げれば少しは――な。
 溜まった鬱憤も手伝えば、まるで真冬に始まるサマーフェスティバルのようなものにもなる」
 面倒な相手に絡まれてもエルネストは冷静沈着である。
 そんな彼の言葉に「全くである」と頷いたのは鳥頭に眼帯をつけたクマタカの軍人――『赫嵐』ファクル・シャルラハだった。海洋ギャングのフィフィは軍人の登場に少しだけ逡巡した調子を見せたが『面白い』のでニヤニヤしている事にした。
「大号令が出た以上は――既に事は始まっているのだろう?
 入用なのは武器か、燃料か、それとも資材か?」
「商機に抜け目が無いであるな。だが、生憎と『すぐ』にはならないのである。
 我が国が複雑な政治事情、絶妙な統治システムの下に成り立っているのは知っての通りである。
 女王陛下の意向、諸貴族方の意見をすり合わせ……うむ。
 一致して初めて大きな『船』は動きだそうというもの、である」
 貿易を営むエルネストにとって、情報は時に黄金にも勝る宝であり、命を救う武器にもなる。
 元・冒険者というやくざな出自も今は昔、咳払いと共に海洋王国の正規軍人面をする古馴染みのファクルにエルネストは無言のままで肩を竦めた。一応は海洋王国貴族ソルベ派に属するファクルではあるのだが、実際の所、上役の演じる複雑な政治劇場には余り興味が無いのであった。目の前にぶら下げられた餌(ぼうけん)は至極魅力的であり、かのローレット、特異運命座標達を味方につけらえる今回こそは、と。悲願達成の時を待ち望むのは彼ならずとも皆同じであると言えるだろう。
(考えてみれば――カイトと共に海に出るかも知れないのか)
 今はローレットに属する息子には漁師であると身分を偽ってきたのだが、親が居なくても子は育つもの。
 男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものだ。ファクルは、特異運命座標としての活動で名声を高める彼は、もう保護対象ではなく、共に轡を並べて挑戦に向かう戦士であるのかも知れない、そう思った。
 さて、そんな彼が目頭を熱くする息子の成長はさて置いて。
「余り民間人に余計な話をするんじゃない。まぁ、そこまで口煩く監督する心算は無いがな」
 ファクルの傍ら――というより視線を下に下げれば威厳を纏った一頭のアザラシが些かわざとらしい咳払いを見せていた。
 一見可愛らしくコミカルにも見える彼――ゼニガタ・D・デルモンテは海洋王国で大佐の軍籍を持つ高級士官だ。敬礼をしたファくるより階級は上で――かつてはその背中のアームストロング砲から放つ煉獄カツオ玉で王家に仇なす者を尽く討滅したという伝説を持つ……まぁ、そんな事はどうでもいいのだが、兎に角歴戦の上司である。
 余談ながらローレットに息子(カイト)を預けるファクルと同じく、このゼニガタも実は家出した息子(ワモン)は今まさにローレットの世話になっていたりする。厳しい顔をして息子に溺愛を注ぐ彼の悩みの種と言えばそこなのだが……閑話休題。
「稼がせてはやるが、おかしな動きは控える事だ。軍部も上もそれなりに神経を尖らせているのだ」
「分かっている。これでも信義則には忠実な方なのでな」
 エルネストの答えにゼニガタは小さく頷いた。
 そして新造の軍艦の為の装備の調達をここで密かに彼に伝える。
 海軍大佐にとっても見知った有力商人は些かイリーガルながら便利な存在になるという事だ。
 とはいえ……
「実際、かなりリッツパークは浮足立っているな。
 まるでもう外洋を征服したかのような――成功を疑っていない雰囲気だ。
 こんな前夜祭は悪くはないが、少なくとも我々は気を引き締めていかねばなるまいな」
 嘆息したゼニガタはそれ自体を嫌ってはいない。
 しかし乱痴気騒ぎが起きれば街中の治安が悪くなるのも当然だ。
 エルネストのような海千山千も、何処の馬の骨とも知れない者も次々と顔を出すだろう。
 中には悪心を抱く者が居ないとも限らないのだから、彼等軍人の勤めは特に重要になる時期であった。
「そうだよねェ。これぞ海洋! っていうカラっとした夏の海みたいな雰囲気、空気!
 潮の香りが漂うお気楽な冒険浪漫は最高だけど、何が起きるか分からないからねェ」
 エルネストとファクルが突然掛けられた声に振り向いて視線を向ければそこにはグレーの髪を縛り、見事な髭をたくわえた中年の男が立っていた。顔を酒気に赤らめた彼は笑顔で、全く今の街に相応しい酔客にしか見えなかったのだが……
「貴殿は? 見た記憶のない顔だが」
「吾輩か? 吾輩はこの大いなる海を股にかける大海賊(ドレイク)なり!
 ……あ、信じてないねェ。ま、兎に角海賊なのは本当ね。
 海洋王国大号令って言ったら一生に何度のイベントじゃない。
 それじゃ顔出さないも嘘でしょって、こうして物見遊山か、観光か、道に迷ったか。
 ま、勿論。お仕事の一つもあれば一番なんだろうけどね!」
「何だ、おじさんも迷子って訳だネ!」
 フィフィがその独特な笑いで場を茶化す。
 ……立板に水を流すかのような口上は何処までも胡散臭かった。
 何処まで本当かは知れないが、確かに彼は海賊衣装を身に纏い、片手は義手の有様である。
 ファクルは酔っ払いの戯言に溜息を吐き、エルネストは値踏みをするように見ない顔を見つめていた。
(やっぱり知らない顔だヨ。ワダツミのネットワークに『無い』なんて。余程の雑魚か、それとも)
 目を細めたフィフィの内心を知らず、酔っ払いは実に友好的な調子で喋り続けている。
「いやあ、失敬失敬! 海洋王国軍に名を轟かせるゼニガタ大佐、それにファクル少佐を見たもんでねェ。
 是非、一度位はご挨拶と――まぁ、酔っ払いのやる事だから適当に許して頂戴な!
 吾輩も実に、実に楽しみにしておるのだよ。此度の大号令は『何処まで』やるか――
 大海の片隅でほんの細やかな海賊行為で生業を立てる吾輩だ。
 今をときめく特異運命座標(アイドル)の顔を見た事も無い故ね!」
 自称海賊の長広舌は止まらない。
 露天で買ったらしいエールをぐいと呷って相変わらずご機嫌そのものだ。
「……」
「……………」
 エルネストとファクルは顔を見合わせた。
 大っぴらに『海賊』を名乗られても立ち所に逮捕の対象にならないのが海洋王国である。まさか官憲に捕まるような事をしでかす『悪党』(海賊とイコールにはならないのだ)は軍人に話しかけたりはすまい、とそう考えておく事にする。
「おじさん、本当に大丈夫?」
 呆れ顔のフィフィに千鳥足の海賊は「お構いなく!」と手を挙げた。
「いやあ、良い夜を! 海洋王国万歳! 大号令万歳! さあ、あの海よ我を待て!」
 一人で出来上がって一人で去っていく。全く自己完結し過ぎている。
 そんな海賊の背を見つめながら唯一人無言のゼニガタは、しかし少しだけ難しい顔をしていた。
(俺の背後を取っただと……?)
 微塵も感じなかったその気配に覚えたのは微かな違和感。
 そんな些細な出来事がリッツパークの夜に解けて消えるのに然したる時間はかからなかったのだが――



※海洋王国首都リッツパークは王国大号令の噂で持ちきりです!


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