混沌世界で最も正しきを重視し、標榜する国である聖教国ネメシス。
その中でも全く――他に類を見ない程に純白に染め抜かれた首都フォン・ルーベルグは何時も整然とした秩序に満ちていた。
騒がしさとは無縁の大通り、ゴミ一つ散乱しない裏通り。
街を行く人々は厳しく己を律し、『フォン・ルーベルグの市民としてどうあるべきか』を常に念頭に置いて行動している。
ネメシスの正義と同様にこの街の姿は完璧であり、ある種酷く歪でもあった。
見る人間が見れば、それを人間の社会性の完璧な姿であると讃えるだろう。
また別の人間が見れば、これは唾棄すべき抑圧に過ぎないと断じるだろう。
評価何れにせよ、フォン・ルーベルグにおいて見える光景は一つである。
――潔癖なる白亜の都。
それ以上でも以下でもない現実はそこに住まう人間に幾ばくかの窮屈さと、それと同じだけの安寧を与えている。それは抑圧であると同時に大いなる救いであるのもまた確か。
白亜はレガド・イルシオンの如き見える形での不正を認めない。
白亜はゼシュテル鉄帝国のような過剰な弱肉強食を肯定しない。
唯、神に対して、標榜する正義に対して敬虔であれば、人間の持つ『間違い』を律し、否定し続ける事さえ出来れば――歪な在り様さえ、一つの正解であるとも呼べるのだろう。
正しきのみを肯定し、どんな悪をも許容しない。
総ゆる個の欲望を否定し、調和を何よりも重視する――
「まぁ、それが最も度し難い。人間が人間なる根源が『原罪』なれば。
欲望さえ否定する国は、街は人間の領域と言えるのかしら?」
――今日も何一つ間違いを侵さない白亜の街の姿を眺め、黒衣の女は冷笑する。
彼女は人間を嫌わない。むしろ人間が人間であるが故に抱き得る、複雑怪奇にして高等なる総ゆる『欲望』を肯定さえしている。
「その琴線を弾き、押し込めた欲望を解き放ち、大きな舞台を描きましょう。
『正しき形』を忘れた人形達に思い出させてあげましょう。
人は愛し、愛され、生きてやがて朽ちるのならば――演目はきっとこれがいい」
女の口角が三日月に持ち上がり、白亜の街に暗雲がたちこめる。
狂騒曲をあなたに。
人は元来多くを望むものだ。
聞こえぬ声、届かぬ声を拾うには――こんな荒療治も丁度いい。
※フォン・ルーベルグに奇妙な噂が流れているようです……