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その日、足を踏み入れた聖都は騒然としていた。
――――クソ、奴めどこに消えた!
彼女は天義中央筋から届いた召喚状を訝しみ、あえて巡礼者のように質素な装いを選んだのだが、ひとまずどうやら正解だったらしい。
聖都は混乱の渦中にあるようだ。
そもそも彼女には為さねばならないことがある。
幻想王都のカテドラルを預かる身としてももちろんだが、門閥貴族を相手に政治的な暗闘を繰り広げるのは、女傑と称される彼女とて荷は重い。
無論この程度の不在でどうにかなるような状態にはしていないのだが。
あれから貴族達は果ての迷宮攻略に熱を挙げており、幻想国内の政治情勢は比較的平穏と言えることも幸いしていた。
ともあれ長旅を終えたなら鋭気は養われるべきで、彼女の目の前にあるのは焼き菓子と紅茶だ。
静かに祈り、頂く。
この町の素朴な味わいは、ずいぶんと懐かしく感じられた。
「おい、そこのお前!」
店内に踏み入った銃士が声を張り上げる。
あれは枢機卿の手勢の筈だ。迂闊だったろうか。
彼女はまず素知らぬふりをして、カップに手をつけるが――
「そいつは違う! 報告によれば三メートルはあるらしい!」
「手配書によれば、人相は『めちゃくちゃ可愛い』と」
「はぁ!?」
「クソ、何もかも紛らわしい! そこの巡礼者! フードは外して歩けよ!」
出て行ったようだ。
何かあったのかなど、聞くまでもなかろう。
ローレットと銃士隊の散発的な市街戦は激化の一途を辿り、どうやらローレット側が圧勝しているようだ。
そんな噂は幻想王都にも流れてきていたが、いざここまで来てみれば、それ以上の状態とも思える。
市街がどうであれ、彼女はこれから天義王宮――あの伏魔殿に赴かねばならないのだが。
あの中で誰が敵で誰が味方なのか。考えるだけでも骨が折れるというものだ。
春摘みダージリンの青く優しい香りが鼻孔をくすぐる。
堅焼きのクッキーを口の中に放り込むと、『幻想大司教』イレーヌ・アルエ(p3n000081)は舌鼓を打った。
※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。