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探偵の勘

 聖教国ネメシス――その本拠は聖都フォン・ルーベルグ。
 魔種を不倶戴天の敵と看做し、信心深き民が集う『正義』の都である。
 そんな純白の都に似合わない男は寂れた酒場で噂話に耳を傾ける。

 ――行方不明になって居た、あの……

 この清廉なる聖都に下賤な噂話が広がるのは珍しい。彼の故郷の事もある。
 珍しい事だが、ここ暫くこの国はそんな異常事態で持ちきりだ。
 どうにも疑う余地も無く、どうやら、この国は妙な奴に目を付けられたらしい。
 妙なやつ――というのはサントノーレ・パンデピスの勝手な言い回しだが、彼がそう例えた事に表情を曇らせる者もいた。
「……こんなところに呼び出して」
「いや、何。リンツァトルテとは元気にやってるか?」
 サントノーレの前にちょこりと腰掛けたのはイル・フロッタ。天義の騎士団を志す騎士見習いである。
 彼女はその言葉にバツが悪そうに表情を曇らせ「まあ、一応」と小さく告げる。
 イル自身、少なからず衝撃を受ける出来事があったばかりだし――件のリンツァトルテの様子も普段と違うように思えた。
 彼を何時も、じっと見てきた彼女だから分かるその機微は、嘘と作り笑いの上手い騎士を見透かす乙女の『審美眼』である。
「……きっと、ええ」  幾ばくか歯切れの悪いイルの言葉に、グラスを弄ぶサントノーレはそうかい、とだけ返した。情報収集に交えた雑談がてらにイルを呼び出したが、彼女はぎこちない笑みを浮かべるだけだ。
 どうやら、この国に蔓延る闇の気配は彼女の周囲にも取り巻いているらしい。
 こんな場合、大抵は黒だ。彼女も『噂』に触れている――
 そう踏んだサントノーレの直感は実に正しい。
「……明日も早いんだ。今日は――」
「ああ、カワイ子ちゃんを遅くまで連れまわしちゃ、俺が怒られるんでね」
 幾ばくか罰が悪そうなイルにサントノーレは手をひらひらと振った。お代は良いから帰りな、と少女の背をぽんと叩く。少女には余りに似合わぬ重たい刃ががしゃんと音を立て、彼女はゆっくりと歩き出した。
(ああ、間違いない。有り難くは無いが――)  事件が探偵を呼ぶのか、それとも探偵が事件を呼ぶのか――こんな時ばかり、彼の勘は冴え渡る。
 その背中からも妙な気配がしたのだ。色濃く、間違いなく、確信めいて。
 死者の帰還。
 黄泉還り。
 この聖都には不似合いな禁忌。
 禁断の果実というのはどうも美味いもので手放したくないのは当たり前の話だ。
 サントノーレだって――彼は自嘲染みた笑みを浮かべてそっとグラスの中身を飲みほした。
「……まったく、どうしたもんかね」
 調査を進めるまでもなく、死者蘇生の話は公然の事件として噂が伝播し続けている。
 広まって、広まって、広まって、烟の様な存在であったはずが、もはや、酸素の様に当たり前となっていく。
 だからそれは唯の噂では無い。最早それは単なる事実で、その事実は――
「黄泉還り……これからも、嫌な予感がするぜ……」

 ――きっと、これで終わりではない。

 繰り返して。探偵の勘には自信があるが、これはそれ以前の問題だろう。


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