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水底より仄暗い『愛』を込めて

 悪意は水底に蟠る。
 勢力圏の殆どを大いなる海洋に覆われたネオ・フロンティアは刺激的なミステリーと嗜虐的なドラマに満ちている。
 昨日も、今日も、そしてきっと明日も――
 今はない旧世界が海中に沈もうと、今ある王国が騒がしく人の生業を続けていようとも。
 そんな事はお構いなし、とばかりに確かに脅威は存在し続けているのだ。
 ――昨日も、今日も、きっと明日も。
「うふふ。乙女の登壇再び、ですわあ」
「……本当に出たがりよねぇ、アンタ」
 幼い美貌に危険な色香を漂わせる『自称乙女』――最も危険な『妹系』ことルクレツィアに呆れ半分の感情を隠さないアルバニアが応じた。
『七罪』と称される御伽話の存在は人の世に確かな存在を刻んでいない。
 しかしあの大規模召喚のその日から、或いは幻想で嘘吐きサーカスが敗れたその時から。
 確かに彼等は動き始めているのだ。人知れぬ深い闇、濁って見通せない水底にその身を揺蕩わせながら。
「我儘と気まぐれ、癇癪は乙女の華というものでしてよ?
 貴方なら、分かって下さると信じておりますわ」
 ルクレツィアの言外には「いけずのオニーサマではあるまいし」と皮肉が滲んでいる。
 それを口にした瞬間、彼女の瞳の中には狂おしい熱情と殺意が燃えているのだが――当然アルバニアは取り合わない。
「……まぁ、いいけど。一応、海洋(ここ)はアタシの縄張りだってお忘れなく。
 あの子――ええと、チェネレントラだっけ。あの子は随分お気に入りなのね」
「乙女のリベンジは当然の権利でしてよ。私も、あの子も同じ事でしょう?」
 ルクレツィア独自の理屈にアルバニアは「まぁ、いいけど」をもう一度繰り返した。
 イノリは「それぞれ自由にやれ」と言っていた。まだ本格的に動き出した七罪は居ないが、活動場所が被っていけない法も無い。
 自分達は基本的には自由気ままに独立した存在――大罪とは独立しているべきもので、混じり気の無いものなのだが――どうしても噛ませろと言われれば。自覚して自分は甘い。恐らくはルクレツィアはそれも計算の上で、自分が根を張る海洋を選んだのだろうと、アルバニアは苦笑した。
「でも、あんまり調子に乗ったら駄目よ。物事には順番があるし――イノリも言ってたでしょ?」
「分かっておりますとも。そこは、アルバニアもオニーサマと同じように仰るのね」
「……ホント、いい加減『淑女(レディ)』になってよね」
 ご機嫌のルクレツィアを半眼で眺め、アルバニアは溜息を吐いた。
 どれ程の永きが過ぎようと変わらない『妹』は言われて聞くような相手ではないけれど、『天真爛漫にとびきりの無邪気を載せた邪悪の塊』はそれを周りに認めさせる不思議な力を持っている。
「ああ――」
 笑うルクレツィアは美しい。まるで理想的な少女のようだ。

 ――まるで、全く夢見がち。この世に思う侭にならない事が無いと疑っていないかのような。
   我儘と乙女心でデコレートされたお姫様、なんて。
   ああ、羨ましい。ああ、妬ましい。この手でバラバラに――してやりたい位に!


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