「ええい、どれだけしつこいのか……!」
苛立った声を上げたのはシルク・ド・マントゥール団長――ジャコビニだった。
全身から鬼気を漂わせる彼は姿を隠す事を余儀なくされている現状に確かな怒りを見せている。
先のノーブル・レバレッジを切っ掛けに国王の庇護を失った彼等の現状は実に悲惨なものだった。幻想という国は良くも悪くも貴族派の力が強い。フォルデルマンがサーカスを見限った以上、遠慮する理由は無いとばかりに所領を検問で封鎖した貴族達はローレットの要請通りに『自己利益を追求し始めた』のである。
ローレットによる周知が進んだ今となってはサーカスは国賊。(幻想の司法に頼る事は馬鹿馬鹿しいので、或る意味でその判断は正解だったが)逃げ出した時点で黒は確定というのが専らの流れである。そうなれば、黄金双竜(レイガルテ)、暗殺令嬢(リーゼロッテ)、遊楽伯爵(ガブリエル)等、有力貴族派閥が『サーカス拿捕の功』を競うのは当然であり、派閥の領袖がそこまでを考えていなかったとしても下につく貴族達が自身の手柄を主に献上したがるのは当然だった。
最早、サーカスは狩りの対象になっている。
そして幻想貴族達というものは元々――酷く上手に悪趣味な狩りを嗜むような連中だ。
「……団長、どうしますか?」
偵察から戻った団員が疲れた顔をして頭を振った。
彼のサインが示すのは「ここにも長居するのは危険」という意味合いである。
「おのれ、大体話が違うではないか。この国は――」
無能王と腐敗貴族による専横が進んだ『どうしようもない国』。
そして、凶事の影を見つけたとしても決して団結出来ない、末期患者だった筈――
表情を歪めるジャコビニに、最早平素の余裕は無く、ギリギリと歯を噛む彼はこれ以上無く焦っていた。
「それだけすごいって事じゃない?」
笑顔を浮かべたクラリーチェが落ち着きのないジャコビニに告げる。
「『こんな国をどうにかしちゃった誰かさん達がさ』」
「……」
「いやあ! 驚いた。驚きついでに、そろそろ僕達もチェックかな?
やー、困ったねえ! 滅びを望む『魔種(デモニア)』自身が追い詰められてるなんて!」
「何とか、あのお方にご協力を……ここを脱出しなければ」
呻くジャコビニの言葉をピエロは鼻で笑い飛ばした。
「やめてよ、つまんない冗談。
笑えねーし、そんなお願いしたら、首が三十回はすっ飛ぶぜ。
……第一、僕達って『滅びを望んでいる』訳でしょ? それなのに困ってるっておかしいよねえ!
座して死ぬなよ。我等幻想楽団シルク・ド・マントゥール!
地獄の沙汰は金次第、御代はどうぞ惜しみなく。拍手快哉、驚天動地!
さあさ、何方も御覧じろ、正真正銘種は無く、何せ僕等の首が飛ぶ!」
「……貴様……!」
「面白おかしく、どうぞ笑顔で最期まで! お帰りはあちら、再演は未定!
あー、楽し。まさに幻想大公演じゃん?」
「――ピエロ風情が!」
杖を振り上げたジャコビニからクラリーチェはひらりを身を翻した。
「構っている場合ですか!」
「とにかく、この後を決めないと……」
ジャコビニを制し、相談を始めたサーカスに肩を竦めたクラリーチェは醒めた視線を彼等に送る。
「いい加減、覚悟決めたら?」
伝えるでもなく、酷薄に言ったクラリーチェは指先で刃の糸を遊ばせた。
……森の入口付近に近付いた兵の一人をその痕跡ごと、彼の指先が刈り取ったのだ。
「やれやれ、だ」
決着の時は近いだろう。
覚悟の決まらないサーカスの喧々囂々に口笛を吹いたピエロは端正な顔できっと今夜も笑っていた。