「……ふむ」
奇妙なる噂が跋扈する――その噂を抑圧し、押し込める白亜の都で黒の神父は首を傾げる。
土台、状況が不自然過ぎる事は知れていた。
仮にも神職を履修した身である。事これに到れば状況が異常過ぎる事を疑う余地は無かった。
――よりによって黄泉帰り等とは。
死を汚すかのようなそれは何より、何とも有り得ざる異変である――
「……」
多くを口にせず、黒神父は沈思黙考を続けていた。
雇い主(クライアント)は『戻ってきた』御令嬢と一緒なのだろう。立派な天義的貴族である彼が厳めしいその相好を崩して――或る意味全てを放り出して彼女と戯れる様は滑稽であり、痛ましくもあった。
彼が見る限りでは御令嬢(コレット)からは明確な邪悪は感じられなかったが、それは何の問題も無いとイコール出来る結論では無い。
こと混沌において、『この世界法則が』失われた生命の回帰を断固として拒否しているのは明確だ。この世界をデザインした大本の『誰か』がそれを何より嫌い、何より否定しているようですらあるのだから――悲しいかな子爵の願いは夢幻の如くに違いない。
それに何より。
もし、そんな甘い幻想が許されるのであれば誰よりパスクァーレ・アレアドルフィ自身が――
(……それはいいとして)
――胸の内を焼き焦がす吐き気を振り払うように黒神父は柳眉を顰めた。
異変がこの一件だけならばどんなにか良かったが……
フォン・ルーベルグを、ネメシスを覆うこの奇怪な状況は隠蔽も叶わず、広がりを見せる一方である。
先の『常夜』事件も尋常では無かったが、民心を荒らすという意味では今回は尚更となろう。
つまる所、中央はこの状況を看過すまい。
それを分からぬ子爵では無いから邸宅は物々しく警備で覆われている。
故にこそ、自身はこの屋敷に詰めているのだから。
恐らくはあの御令嬢を亡くしたその時から。
笑顔の消えた子爵と、悲しみに包まれたバルイエ家は今、久方振りの充足の時間を迎えているだろう。
皮肉に、奇妙に、歪と破滅を孕んで――
(――だが、破綻の時は近付いている)
黒神父は手にした十字剣を握り直し、無意識の内に浮かんだ苦笑を噛み殺した。
自身は全ての理不尽の敵である。
本来、世界の摂理に抗う不自然を、この『理不尽』を庇護する身の上にはない。
さりとて、さりとて。
――この、胡蝶の夢ばかりは――
嗚呼、悲喜をこもごもに。
数多の思惑、数多の想いを呑みこむフォン・ルーベルグの天蓋は厚く灰色に覆われていた。
光輝にして白亜の都さえ、褪せて見える程に――世界の色はくすんでいる。
※フォン・ルーベルグに奇妙な噂が流れているようです……