混沌世界は荒れていた。
幻想王国ではイオニアス・フォン・オランジュベネの北伐とその阻止。
深緑アルティオ=エルムではハーモニア拉致事件が『ザントマン』オラクル・ベルベーグルスにって大規模に計画されていたことが発覚し、ラサ傭兵商人連合は深緑侵略を提唱するザントマン派とそれを阻止するディルク派に割れている。
大小の違いはあるとはいえ他にも海洋、天義、鉄帝、練達……あらゆる国で様々な事件が頻発していた。
さらには果ての迷宮にきわめて特殊な階層が発見されたことから王国の三大貴族にも緊張が走っていると聞く。
玉座の間にて、部下から毎日のように届く報告の束を『花の騎士』シャルロッテ・ド・レーヌはきわめて深刻な表情で見つめていた。
「やはり、またローレットの力が必要になるのでしょうか……」
と、そこへ。
「シャルロッテ! シャルロッテは居るか……!」
王の声が強く鋭く響き渡った。
またピーナッツバターがきれたのだろうか。前はラサの商人から買い付けるのにだいぶ苦労したというのに……。
そうでなかったとしても、きっと政治の話ではないだろう。
新しい食材や美術品や化粧品の話題に違いない。
「見るのだシャルロッテ、この日焼け止め! 『UV殺し』と言うらしい!」
そらきた。
シャルロッテがゆっくりと深呼吸してから穏やかきわまりない顔で振り返ると、フォルデルマンはボトルをシャルロッテへと突きだしてきた。
「今すぐこの日焼け止めを100ダース買い付けるのだ。
なにせこの日焼け止めを塗るだけで夏の間に全くしみもそばかすもできないばかりか肌つやがよく血行が促進され夜も昼もよく眠れるうえ若干若返ったような気すらする。
冬の海洋観光に持って行けば快適になること間違いないだろう!」
「は、はい……」
どれどれ発注元に直接交渉して馬車で運ばせようなどとボトル裏の住所を読んでみると……。
『製造:悪の秘密結社ネオフォボス』
「…………んんっ!」
「どうしたシャルロッテ」
めまいのあまり倒れそうになったシャルロッテは、鋼の心で自らを制した。
「陛下。たいへん申し上げにくいのですが……これは幻想でも名高い、その、『あくのそしき』で……」
自分で言ってて顔が真っ赤になりそうなワードである。
が、事実は述べねばなるまい。
「例えば、パン屋を襲撃して町のパンを独り占めして子供を泣かせたり、水着コンテストに乱入して無断で写真撮影をして困らせたり、市場に偽物を流して冒険者を困らせたりしています」
「ふむ……」
と、その瞬間。
フォンデルマンの目にキラリと知性の光がはしった、ように見えた。
「ならば、倒せば良い」
「陛下……?」
「それで解決するのだろう? 国民へ直々に依頼を発し、その組織を倒すのだ」
「陛下……!!」
なんという奇跡。なんという成長。
ネオフォボスの横暴によってついに国を想う君主の気質が露わとなったのか!
先日は国よりピーナッツバターかと落胆してしまった自分を恥じた花の騎士に……王は真剣な表情のまま述べた。
「そうすれば、UV殺しを100ダース買えるのだろう?」
「…………」
今度ばかりはめまいはしない。
分かっていた。
それでも国を脅かす敵である秘密結社ネオフォボスの討伐に財を割けるチャンスである。シャルロッテはさらさらと依頼書をしたため始めたのであった。
――秘密結社ネオフォボスへのアジト襲撃作戦が依頼されようとしています。