「最高の光景じゃないか。
この上なく、望み通りじゃないか。
数限りない冒険は無への帰し、数限りない船乗りはこの海の藻屑へ消えた!
伝承歌は絶望の青を称え、怯え。帰らぬ夫の帰りを待つ御婦人達は涙した!
そんな海が、この青が、今! こんなにも追い込まれているなんて――
諸君、これは一大事だぞ。諸君等は歴史の岐路に立つ。諸君等は我が偉業の同志にして証人だ!
この海に到れた事、この船に到れた事を誇りに、大いに死んでくれて構わない!」
海賊旗艦ブラッド・オーシャンの艦橋で声を張る海賊ドレイクの演説に大きな歓声が上がった。
戦いはまさに佳境を迎えようとしている。海洋王国と鉄帝国、そしてローレットの連合軍と冠位魔種アルバニア率いる魔種勢力が激突する『絶望の青』最難所――フェデリア海域には、最早誰のものとも知れぬ怒号と悲鳴が満ちていた。
「そうだ、諸君――その調子だ。手筈を絶対に忘れてくれるな!」
檄を飛ばすドレイクの言葉はあながち熱狂ばかりに支えられるものではない。
官憲であろうとアウトローであろうと……海の国に産まれ落ちた者は皆『この先』を求めていた。大いなる財宝を、未知への浪漫を、可能性を。ひょっとしたらそこにあるのはささやかで退屈な結末やも知れなかったが――国富への道という手段は、何時の頃からか『結末以上の』大目的となっていた。最初は意地で、過ぎれば誇り。この海の打破は存在意義(レゾンテートル)にさえ等しく、海洋王国の根底に巣食っていた筈だ。
「ドレイク! 戦闘が激しい。二正面が相手じゃあ、戦力の振り分けも厳しくなってきてるぜ!」
「ふふん、最初から承知の上! 本艦以外は元から『使い捨てられる幽霊船』でしかないのだよ!
『本艦と最低限、計画を遂行出来る戦力だけ健在ならば大きな問題は生じない』。
バルタザール、そこは君の腕前の見せ所でもあるんだぜ!?」
喧噪を蹴散らすように怒鳴るような声で報告を投げたバルタザールは『幾分か若々しさを取り戻したかのようなドレイクの声』に口の端を歪めた。確かに海洋王国連合と魔種側戦力の『両方』を相手取る戦いは極めて厳しい。されど『ドレイクの計画』を考えれば、それは確かに必須のやり方に違いない。故にバルタザールはそれ以上の泣き言を言わなかった。ただ。
「ああ、いいぜ。見てろ老いぼれ! だが、強いて言うならどちらを優先する!?
『狂王種共を削ってイレギュラーズに道を開けるか、それとも。機動艦隊を叩いて足を潰すか』だ!」
「それでいい」とにっこりと笑ったドレイクの期待通り、苛烈なまでの問いを返した。
戦況は一進一退。フェデリア全域に広がった遭遇戦は既に滅茶苦茶な状態となっている。
その中でもドレイク達が見据えているのは後方、アルバニアの『本拠』へ乗り込まんとする海洋王国、鉄帝国。二軍の連合する特別艦隊の姿だった。言うまでもなくそこにはこの戦いの切り札たる最精鋭のイレギュラーズの姿もある。
連合艦隊はその戦力で死力を尽くし、分厚い敵陣に深く食い込んでいる。
(……ここまでは想定通り、しかし、バランスは極めてシビアだろうねェ)
冠位魔種の『権能』とやらはドレイクも十分に知る所だった。
『黄金の果実』を口にしたドレイクは廃滅さえも寄せ付けない。されど自身と――その近くに居る事で或る種の加護を受けるバルタザール達クルーを除く人間を悉く死に貶める魔性の力を彼は誰よりも知っている。
(成る程、これも例の『奇跡』。話には聞いていたが、なかなかどうして無茶苦茶だ)
フェデリアで遂にその力を解放したアルバニアだが、ドレイクの見た所、その対抗手段も含めて海洋王国――否イレギュラーズ達は。『どうやら全く届かないという事態ではなさそうだった』。
(やがて、彼等は水の宮殿(アクア・パレス)に手をかけ、決戦は始まるだろう。ならば……)
「ドレイク! 指示は!?」
「ああ、煩いよ! 君!」
バルタザールの言葉に「考え事位させたまえ!」と返したドレイクは、不意に艦橋から飛び降りた。
膝を追って甲板に着地した彼は腰の得物を抜刀し、所作をもって答えを示した。
「答えは『そろそろ本気でイレギュラーズ』だ。ブラッド・オーシャンを取り舵一杯!
まずは頭だ! 目障りにして強靭なる海洋王国連合の旗艦から――潰して差し上げる!」
「アイ・アイ・サー!!!」
ドレイクの指令に海賊達が鬨の声を上げた。
彼等は海賊。勇者ではない。勇者達を魔王の待つ決戦の場に届けなければいけないのは明白だ。
そうして、アルバニアも倒して貰うのは当然だが、『帰りの船賃は頂かなくては』。
甲板から身を乗り出すように立っている。
ギラギラと燃える瞳で牛飲馬食のその欲望を隠しもしない。
『敵(すべて)』を見据えるドレイクの顔はもう――人好きのする彼のものではない!
※第三勢力『ドレイク』が海洋王国旗艦を狙って動き出しています!
フェデリア海域での激戦は依然続いています……