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鏡の国のシャルロット

 ――人の身風情が、いい加減に賢しい。

 ――滅びよ。

 雷鳴が轟くように。
 鼓膜を穿ち、耳さえねじ切る程の声が響き渡り――天が砕けた。
 大空を覆い尽くす暗雲と豪雨を引き裂き、でたらめな光の編み目が紡がれる。
 険しい山岳の様に聳える尾に雷が瞬き、その先端から光りが溢れた直後、視界が純白に覆われた。
 目を灼く光に背を向けて、焦燥が胸をかき乱す。
 リヴァイアサンの尾の先から真っ直ぐに伸びる光線が、廃滅の海原を駆け抜けている。
 爆裂する膨大な水蒸気が視界を覆い尽くし、一輪の轍のように海面が沸騰している。

 光は迫っていた。

 面舵か。取り舵か。
 これをどちらにきればいい。
 絶望の青を航海する者達は、誰もが死線をくぐり抜けた強者だ。
 この悪意の海域フェデリアで、魔種との死闘を凌ぎきった勇者達だ。
 生と死が交錯する過酷な戦場にあって、その迅速な判断は常に彼等を生者の側に押しとどめていた。
 その筈だった。
「駄目だ、間に合わねえ!!」
 キャラベル船のブリッジで、キャプテン・クローグスが怒鳴り声を上げた。
「尾だ、尾を狙え!! ありったけをぶちまけろ!」
「ふざけんじゃねえ! 見えねえんだよ!」
 海兵達の声は、最早悲鳴そのものであった。
「見えねえとこが本命だろうが! 四の五の言わねえで撃ちまくりやがれ!」
「アイアイサー!!」


 光は止まらなかった。

 カルバリン砲に弾を込めた砲手ジェイムズ・ブラウンが光の中に消えた。
「撃て撃て撃てェーッ!!」
 小銃を撃ち続ける鉄帝国一等兵ベン・シュミットが光の中で蒸発した。
 ガレオン船が、鋼鉄艦が。直線上に並ぶ数多の船が真っ二つに切り裂かれて燃え上がる。
 ヨーナス・フーデマンがペンダントを開いた。
 モノクロームの微笑みを見せる彼女は、今月ヨーナス自身との結婚式を控えている。
「いやだ! いやだ! 死にた――」
 光が駆け抜けて往く。
「なんで、なんでよ! なん――」
 下腹部に手を当てたナタリア・ミランは確信していた。
 そこに宿る新しい家族を迎える為に、この戦いの後で休暇を得る心算だった。
「もう、駄目だ! 終わ――」
 人が、船が、命が砕け消えて逝く。
「助け――」
 それは儚すぎた。
 それは余りにあっけなさ過ぎた。
 決死の抵抗は、正に無為そのものであった。
 海洋王国の子供達が砂浜に築き上げた城を、ただのひと波が浚うように。
 竜の怒りは、その圧倒的な暴威は、努力の全てを無に帰さんと暴れ狂っている。
 絶叫は嵐に呑まれ、紡がれた希望の糸は解れ、全てが崩れてゆく。
 滅海竜リヴァイアサンの尾から放たれたエネルギーの奔流は、フェデリアに集う船を次々に引き裂き――

「――だめ、これ以上はさせない。
 あの人たちが、守りたいと願ったものを、奪い去らないで……!」


 ――大きく息を吐き出したヨシト・エイツ(p3p006813)の目を灼いたのは、陽光であった。
「って、オイ」
「……んぐ」
 思わずドーナツを飲み込んだセララ(p3p000273)が胸を叩く。
「冗談じゃねえぞ……って、あらー」
 鋭い視線で父の無事を確認したユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)が、思わず口元に手を当てた。
 そんな娘に背を向けて、エルテノール=アミザラッド=メリルナートは逞しい力こぶを作る。
「これは、もしかして……」
 サン・ミゲル号の甲板で、ポーションの小瓶を取り落としそうになったココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が、慌ててそれを胸に押し抱く。
「……ミロワール、ううん。シャルロット、君?」
 マリア・レイシス(p3p006685)がぽつりと呟いた。
 巨大な半球状の淡い光が大海原を覆っている。
 鏡面を思わせる力場は、リヴァイアサンの尾から放たれた光の束を冗談のように折り曲げていた。
 迸る光線は力場に反射して直角を描き、暗い雲を突き破っている。
 分厚い雲に穿たれた穴から覗いたのは、久方ぶりの僅かな青空であったのだ。

「どうなってるのよ!」
「状況を整理しろ!」
 リーヌシュカ(p3n000124)が叫び、ビスクワイア提督の檄が飛ぶ。
 リヴァイアサンから尾部から放たれた光線は、おそらくこの艦隊のみならず、戦場広域に甚大な被害をもたらしているはずだ。
「全戦域の推定被害はどの程度だ」
「ハッ! おそらく十パーセント程と思われます!」
「……厳しいな」
 ビスクワイアが首を振った。
 参謀の報告と大凡の目算が合致してしまった以上、大体合っているのだろう。
 だがもしもこの瞬間、魔種陣営を離反したミロワールが力を振るわなかったのだとしたら。どれだけの被害を受けていたか知れたものではない。
 あれを魔種陣営(あちら側)から離反させたのは、それこそ誰も予期せぬ――イレギュラーズが紡ぎ上げた奇跡のひとひらであったのだ。

 ――約束よ、イレギュラーズ。
 言の葉を紡ぐのは簡単だ。嘘も誠も混ぜ込んで、チープなジョークを言った所で所詮は『魔種』だと嘲られて終わるだけの人生だと思っていた。
 世界は魔種に対して残酷だ。その存在を許容せず、存在することを罪とする。
 わたしを殺そうとする人がいた、当たり前だわ。わたしは魔種だもの。そうする事に何の間違いもないもの。
 わたしを守ろうとする人がいた、ばかなひと。わたしは魔種よ? 貴女の生きる世界を壊してしまうんだもの。
 わたしを――友人と呼ぶ人がいた。おおばかものだわ。けれど、皆が沢山の想いを紡ぐ。貴女たちの、未来を見てみたくなったの。
「わたしが、支えるわ。だから、……だから、未来を見せて」

 差し込む陽光は酷く細く、頼りないのかもしれない。
 けれど、傷ついた甲板で顔を上げた者達が居た。
「ありがとう……シャルロット」
 小舟に背を預けた大号令の体現者――秋宮・史之(p3p002233)が天を仰いだ。
 光線を撃ち尽くした竜の尾は、嵐を浴びてもくもくと水蒸気を吐いている。
「あのクソヘビが!」
「滅海竜リヴァイアサン――いい加減にしなさいよ!
 これ以上……もうこれ以上絶対にやらせはしないわ!」
「俺、あの超ウナギにガチパンかますマジモンの理由、ついに見つけちゃいましたよ」
 激昂したサンディ・カルタ(p3p000438)が船縁に拳を叩き付ける。
 アルテミア・フィルティス(p3p001981)が剣礼に竜の必滅を誓い、伊達 千尋(p3p007569)は鉄の味がする赤い雫を廃滅の海に吐き捨てた。
 イレギュラーズは、兵士達は、誰もが満身創痍だった。
 無傷の船舶など、あろうはずもなかった。
「やれますよ。まだまだ」
「じゃあ、一本行っときますか」
 刃こぼれを隠せない長剣を見つめるオリーブ・ローレル(p3p004352)の頬に、バルガル・ミフィスト(p3p007978)が冷たい栄養ドリンクを押し当てる。
「ワッカ、悪いな……けど、礼は弾むぜ!」
 何が何でも、とびきりの酒を用意してやる。
 立ち上がった伏見 行人(p3p000858)に、水の貴婦人が微笑んだ。
「ご相伴に預かってもいいかしらぁ。なぁんて、ね?」
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)が艶やかに微笑んだ。
「ええ、私だって絶対に諦めませんわよ……!」
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の瞳はエメラルドの炎に燃え上がっている。
「大丈夫よ。おばさんだってついてるわ」
 レスト・リゾート(p3p003959)の柔らかな視線は、この海の果てを見据えている。
「見ろよ」
 凍り付くような獰猛に滾るジェイク・太刀川(p3p001103)の視線の先。リヴァイアサンの尾は破壊の力を放出し尽くし、その動きをほとんど停止させている。
「じゃあ――叩き潰せばいいんだね!」
 巨大な石斧――原始刃ネアンデルタールを担いだ長谷部 朋子(p3p008321)の言葉は何時だって明快だ。
「なれば私も皆様と共に、轡を並べ続けましょう」
 ボディ・ダクレ(p3p008384)がモニタの笑顔で答えた。
「早く帰って寝たいねぇ……」
 のんびりとしたニャムリ(p3p008365)の言葉は、勝利を微塵にも疑っていなかった。
「飛べる者は何人居る」
 アドラー・ディルク・アストラルノヴァが、部下達に厳しい視線を送る。
 抑えた胸の奥に痛みが走る。アドラーに忍び寄る廃滅の病に伏見 桐志朗が眉を潜めた。
「あれ(息子)には言うてくれるなよ」
「あんじょうしときます」
 空に雷鳴は止まず、微かな陽光はすぐに雲が覆ってしまうのかもしれない。
 それでも――ユーリエ・シュトラール(p3p001160)は微笑み一同を振り返る。焔宮 鳴(p3p000246)は天へ、そこに見える暴力の化身へと霊刀を突きつける――
「絶望を越えた先の希望は、絶対にあります……!」
「ええ……私達英雄が、誰かの為の希望を掴みましょう!」



 ――滅海竜リヴァイアサンの光線により、海洋王国軍が11%の大打撃を受けました。
 ――ミロワール(シャルロット)が『鏡面世界』を目一杯に展開し被害を大きく低減、重傷となりました。


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