『嗚呼、胸を掻き毟りたくなる位に。猛烈な苛立ちを禁じ得ない』。
聖都の動乱に黒神父――パスクァーレ・アレアドルフィという――は酷く憤慨していた。
此の世を呪い、総ゆる悪を憎む彼が紆余曲折を経てネメシスに流れたのは暫く前の出来事だ。
以前、即ち只敬虔なる神の徒だった頃ならばいざ知らず、罪を呑み干し、罰の螺旋を欲する今の彼は、至上の潔白と正義を謳い、神の愛を追い求めるこの場所が『言葉程に綺麗でない事は分かっていた』のだが。
それはそれとしても、これ程の邪悪に厄災を受ける理由が何処にあろうか?
ネメシスには相応の正義はあった筈だった。
歪で理不尽極まる――パスクァーレにとって蛇蝎を眺めるに等しき所業に塗れていたとしても。
その全てが間違っていた筈は有り得ない。
この場所には娘を想う父の愛も、国を憂う王の気持ちもあった筈なのだから。
「――魔種、か。いや、それに阿る人間が悪いのか」
何処をも向かない呟きと共に斬撃の一閃が繰り出された。
血の線を引いて斃れたのは魔物の類か、不逞の兵隊か、それとも魔種そのものなのか。
パスクァーレはいちいちそれに頓着していない。
唯、身を潜める必要も無く純粋な暴力を掲げる事が出来る『戦場』は彼にとって都合の良い場所だった。
混乱を極める聖都を抜身の十字剣と共に駆け抜ける彼は――水を得た魚の如く悪を、理不尽を断罪する。
彼は聖都の人々を憎んでいない。
この街に普通の暮らしを営む無辜の誰かを害そうとは思わない。
但し、その正義は大凡何にも属さない。
『全ての行為は誰が為ではなく、全て己が為に遂行された。
誰に阿る事も無く、それが正しいかどうかも知れず。
彼は彼一流の基準のみに従いあってはならないものを粛清するのだ』。
枢機卿の紋章を抱く兵の一人を縦二つに斬り捨てた。
聖を冠する生き物共を冒涜的なまでに細切れにする。
「やれやれ。キリが無い。どうも――場所を間違えたようだ」
苦笑交じりに呟いたパスクァーレは彼方より聖都を目指す妖しき気配に遅ればせながらに気付いていた。
(聖騎士団――正規軍の出撃を避けたのが裏目に出たか。
連中が抜けた後ならば、より自由に動けるかとも思ったが――
どうもアレ等は大本の怪物を仕留めに行ったらしい)
暗黒の海が触手を伸ばせば、フォン・ルーベルグはかつてない危機に見舞われよう。
空高く頭上で瞬く『天の杖』はさせじと抗うネメシスの残光のようなものだ。
正解かどうかは問題では無く、パスクァーレは本能的に理解している。
(恐らくは――この国は滅びるのだろう。『御伽噺』は成る程、現代の人間にどうこう出来るものではない)
しかし、しかし――彼は同時に一つの例外も承知している。
もし、たった一つ違う結末を求められるのだとすれば、それは――
「イレギュラーズ」
十字剣は実に複雑なる神父の心を跳ね返す。
唯、憧憬にも嫉妬にも似たその呼び名はその切れ味を増す事はあっても、鈍らせる事は無い。
彼等は自身にあらず、混沌に生きる大多数とも異なる。
可能性を生み出し、紡ぎ、決められた未来(さき)を――運命を穿つ者なのだろう。
「ふふ、何ともはや。期待するような、その逆でもあるような」
微かな笑みを浮かべたパスクァーレは穏やかなその面立ちにまるでそぐわず、又一人を斬り殺した。
粛清には何の感情も篭らず、邪悪は磨り潰されるばかり――これは、そんな黒の断章。
※ネメシスの運命を左右する決戦が行われています……!