砂漠の中に、佇む美しき泉。
生命の源たる清廉を十分に湛え、萌ゆる緑にさえ恵まれた――砂漠に咲いた一輪の花。
著名な詩人が夢幻と称した世界有数の美しき都こそ、ラサの誇る『夢の都』ネフェルストである。
平時よりは僅かに浮足立った――騒がしさを増した様子のこの場所に、踊るような足取りで訪れた少女には竜にも似た立派な角が生えていた。角のみならず尾を揺らして歩む彼女の姿を見てもサンドバザールの面々は『旅人(ウォーカー)』だと認識することだろう。彼女の姿は一般に知られる『純種』からは遠く、旅人とするならばそう珍しいものでも無い。
つまり、その場に立つ『赤犬』ディルクの一人を除いては旅人とだけ認識するのが当然正しい。
「ハロー、ディルク。何だか、タイヘンな事になってるそうじゃない?
わたしもワイバーンたちが大騒ぎしてるみたいだから見に来たのだけど」
ひらひらと手を振った少女、琉珂の姿をその両眼に映し込みディルクは大仰な程に溜息をついた。
「……この面倒な時に来なくったっていいだろ」
「ツレないこと言うのね」
つんと唇を尖らせた流珂。凡そその反応から『どういう状況なのかを説明しろ』と言っているのだろう。
現在、ラサは隣国アルティオ=エルムとの間で一つの事件を抱えていた。
深緑に住まう『永遠に美しい幻想種』の連続拉致事件が起きている。
「犯人は? どっかのクズ?」
「『ザントマン』とやら――
犯人が深緑の子守歌や御伽噺に出てくる存在の仕業だって言われて納得できるか?」
「できないわね」
連続拉致事件が発生してからというもの、特異運命座標が幻想、ラサ、深緑と三国を股にかけての調査を行った。
得られた情報というのが深緑の多くの民の間で知れ渡っている御伽噺の存在『ザントマン』と呼ばれる存在がこの拉致事件にかかわっているという事であった。
「ええっと、わたしったらドラゴンの居眠り並に世情に疎い方の女の子なんだけれど、分かる様に言ってくれない?」
「一つ、深緑で幻想種の連続拉致事件が勃発している。
二つ、その拉致事件にラサの人間がかかわっていると思われる事から俺達が捜査に乗り出した」
「ふんふん。それってとってもまずくない? だって、アナタ達って一応交友関係なんだし幻想種を害してるってなればその友好も破綻しちゃうわ!」
驚いた様に言う琉珂にディルクは頭が痛いとでも言う様に小さくため息を吐いた。
閉鎖的なアルティオ=エルムが唯一と言っていい程に、その窓口を開いているのが隣国のラサである。
旧き盟約に基づき、深緑と確かな友誼を結ぶ唯一の勢力であるラサにとってこの事件は由々しき意味を持つ。安全保障上においても、国益においてもその友好関係に罅を入れる可能性があるこの事件のもたらす悪影響は甚大である事は間違いない。
幻想種達を市場に流している不届き者がラサの商人たちであるとされ、奴隷として各国に売り払っているとなれば深緑の主導者リュミエとしても『見過ごせない』だろう。
「俺の爺さんの爺さんの、何代前だっけ――兎に角、爺さんが結んだ糸を俺が絶つ訳にもいかねぇだろ」
「そうね、そうだわ。その御伽噺については今度詳しく聞かせて欲しいけど。
それで……? 現状としては何か進捗はあったのかしら」
ぐいぐいと身を乗り出して、好奇心旺盛な少女はディルクへと掴みかかる勢いで情報をもっと頂戴とせがむ。
それ以上――さて、それ以上と言われても。
現在も各国に向けて奴隷として幻想種は出荷されているし、奴隷商人たちの存在も確認されている。
「砂男の足跡を辿って、その情報を見つけるのはアイツらの方が早いかもな」
「アイツら?」
「ギルド『ローレット』――知ってるだろ?
幻想と天義を一先ず救ったっていう、今をときめく特異運命座標(えいゆう)サマだよ」
※幻想にて新たな影が暗躍し、深緑ではザントマンの噂が広まりつつあります。
依然として幻想種の誘拐事件は続いているようです……