聖女だとか、騎士だとか、特異運命座標だとか、そんなことは関係ない。
底なし沼だとしてもためらいなく足を踏み入れる。
彼女は、この世界に只の一人。自身の傍に居てくれたことさえも奇跡で、ましてや出会えた事さえ一生の中に或る小さな奇蹟だったのだ。
積み重ねた。
共に出かけ、海で語り、笑い合って、傍に居続けた。
約束とは脆い運命が交わることを言うのかもしれない。
小指を交わした児戯の様な約束。無事にいれますように――曖昧に、刹那気に笑った彼女に確かな予感は感じていた。
彼女の道は、確かに彼女のものだった。
進むべき道を違えたわけではない。
明確に、ジャンヌ・C・ロストレインという一人のおんなが選ぶべき場所だったのだ。
恋人としての自分はいなくなり、騎士としての明日が来る。
……なんて、莫迦なこと言うなよ。そんな、寂しい事、言うなよ。お前しか、居ないんだ。
聖女として死ぬなんて許せない。
騎士として死ぬなんて許せない。
なら、この突き刺さった刃なんて何ともない。
君をこの両腕で抱き締めて、間違えもなく君の名前を呼ぼう。
「アマリリス」
呼吸の音が止まる。心臓が瞬きをやめる。指先が冷えていく。
残酷な神様が只のひとつ呉れてやると見せた気紛れが彼女をその腕の中に返してくれたのだ。
――おやすみ、ジャンヌ。愛してるよ。