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<悪戯めいた神隠し>

 アルティオ=エルムの閉架式図書館『スケッルス』に貯蔵される書物を探り続ける女の姿があった。
 それは紫の髪に、幼さを感じさせるかんばせの幻想種――ペリカ・ロズィーアンだ。
 幻想王国が王都の中央に存在する地下迷宮、『果ての迷宮』踏破の総隊長たる彼女はイレギュラーズと共に踏破を目指した15階層での攻略失敗を踏まえ、再度、15階層へと事前調査に赴いたのだが――

「変わっていたんだわさ」
 ぼやいたのは、見たままの事実であった。
 攻略失敗をしたならば事前に『調査できる範囲も広がった』だろうと一人で赴いたのだが、『セーブポイント』の先にあったのはまだ見ぬ景色だったのだ。
 それはイレギュラーズに助力を求める前とまるで違っていた。
 何らかの可能性を得て変化しているという事か。だからこそ、彼女はこの書架で出来得る限りの情報を得ようとしていた。
 だが、それに関する情報は存在していないだろうか。目録と見つめ合って少しの時間が経った頃に、ペリカの背に声をかけたのは深緑が誇る大魔道、リュミエ・フル・フォーレであった。
「忙しい中、申し訳ありませんが……助力を乞いたいのです。ペリカ。
 懐かしい話ではありますが『エルメリア嬢』を憶えておりますか?」
「以前――ああ……フィルティス家の話だわね。療養の為に別荘で滞在中に、不幸にも賊に襲撃されて逃走、その後奴隷としてラサの闇市に出品されてた……だったかねぃ」
 ペリカへと頷いたリュミエは表情を昏くする。奴隷としてラサの闇市に出品されていたという話は彼女にとっても『身近』で――そう、実妹やそれを取り巻くザントマンの一件とも重なるからだ。
 幻想では名門の武家たるフィルティス家には双子の令嬢が居た。その片割れ、エルメリア・フィルティス病弱であり、療養のために長らく別荘で過ごしていたらしい。その折に、賊による襲撃で誘拐され闇市へと売り払われたそうだ。彼女を買った主人は療養として深緑で過ごすように彼女へ勧めたそうだ。穏やかで叡智に溢れる美しい少女にささやかな幸せを与えようとしたのかもしれない。
 しかし、彼女は『消えた』。
 あっけなく、それも『其処になかったかのように』。
 神秘的な要因があるのではないかと調査を求められた深緑の大魔道もその一件を解決することは出来なかった。近隣に存在する古代迷宮が関連するのではないかと冒険家であるペリカも召集されたが情報を得ることは出来なかった。

 それを何故、今更――?

「また類似の話です。混沌世界各地の迷宮や、その近辺で行動していた者が消えたそうです」
「……興味深いねぃ」
 ペリカはそう呟いてから、リュミエを見る。彼女はため息を混じらせた。例えば、『姿を消す』という話は特異運命座標ならば覚えがあるだろう。そう、召喚だ。リュミエも最初はその可能性を探り空中庭園のざんげへとコンタクトをとって居る。
 しかし、エルメリアも、そして『今回姿を消した者』も誰も召喚されてきていないのだそうだ。
「『神託の少女』は類似したバグではないか、と。私もその筋を辿っています」
「へえ? 神様の悪戯が『空中庭園』以外のどこかに飛ばしてしまうって言うのは怖い話だわねぃ。
 それで? あたしはどうすればいいんだわさ」
 そっと、自身が抱いていた書物をペリカに差し出したリュミエは色づいた唇を震わせる。
「神隠し、と。『神託の少女』はそう言っていました。神の悪戯だからこそ神隠し。
 神の御意志である等と納得する事ができない以上、類似の事件を放置はできません」
「同感だねぃ。あたし達が迷宮踏破を目指す中でそんな目に合えば目も当てられない。
 迷宮が絡んでるっていうなら、あたし達がローレットに助力を乞うて調査をすればいいってことだねぃ」
 リュミエはゆっくりと頷く。
 神隠し――
 それは、『絶望の青を目指す航海の途中で会う可能性もある』
 それは、『古代遺跡を探索している最中に会う可能性もある』
 それは――『ただ、そこを歩いていただけで会う可能性がある』不幸なのだ。

 それが在る事に辿り着いただけでも僥倖だ。
 あの時、その行方を掴めなかったエルメリア・フィルティスの事もある。
「何か、ヒントでも得れたらいいんだけどねぃ……」

 ※混沌各地で『神隠し』なる事象が発生しているようです。


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