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 機械の翼が見事な月を陰らせた。
 涼やかに、何事も無いかのように彼女はそこに佇んでいる。
「ええ。分かってるわ、オニーサマ」
 年の頃は十代半ば程にしか見えない、しかして『絶対に無辜の十代半ばの少女には見えない』。
 矛盾の塊のような、魔性の塊のような。そんな少女が口元を僅かに歪めていた。
(そうは言うけどね。君は遊び過ぎる癖があるから)
 頭の中に響く『オニーサマ』の声に媚びるように、反面せせら嗤うかのように彼女は応じる。
「それの何処がいけなくて? 『罪の果実は齧ってこそのものでしょう?』
 そう、ずっと昔から。少なくとも他ならぬオニーサマと、私達にとっては間違いなく」
 伝わってくる苦笑のような気配に少女は一層機嫌を良くした。
(……そう言われると手詰まりだ。君がどういう意図でそう呼ぶかは、何となく分かっている心算だけど。
 僕はそれを言われると弱いからね。君がそうあろうとするならば、きっとそういう事なんだろう)
 相手は親愛なる、そして唾棄すべき――兄であり、父であり、造物主であり、恋人である。
 揶揄する心算で『オニーサマ』と呼ぶ度に。嗚呼、その度に。
 劣情に直結するような激しい愛情と、それ以上の殺意がマーヴルする。
 即ち、彼との会話は極上の快楽を伴うと共に激しい苦痛を覚える彼女にとってのお気に入りに違いない。
「冗談ばかりではなくってよ。運命が転がった以上、全てはここから始まるのでしょう?
 オニーサマだって、まさかむざむざと終局に抗う程のパンドラを貯めさせる気では無いのでしょう?
 だから、もう頃合。これから先はこれまでの何百年――でしたっけ――永遠のような凪とは全く別物」
 少女は言葉を切って、遥か彼方――歓楽に沸く幻想の王都を見下ろした。
 彼等は彼方より来たる有名なサーカス団(シルク・ド・マントゥール)の公演に沸いているのだろう。
「――まぁ、何れにせよ。任せておいて下さいな。
 私も貴方も『罪』だから。きっと素敵にご覧に入れましてよ」

 ――これより始まる終局(滅びのアーク)の、その愉快な第一章を。


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