風はない。
臭いもない。
埃ひとつありはしない。
世界と世界の狭間に存在している亜空間。
世界の果てへ続く大迷宮十層は、十一層の他に『枝葉』を示してきた。
境界図書館(ホライゾン・ライブラリ)と呼ばれるその場所は、文字通り図書館のように『見え』『感じ』『触れる』ことができた。
境界図書館で異世界の案内人(ホライゾン・シーカー)を名乗る双子カストルとポルックスと出会ったイレギュラーズは、境界図書館に収納される『ライブノベル』という本を通して、異世界を冒険することができる事を知った。
そしてライブノベルはただの物語ではない。
一つ一つが世界でありイレギュラーズが冒険する舞台となるのだ。
耳の奥がざわつくほどの静謐に満ちた図書館の中で、カストルとポルックスが肩を寄せ合っている。
「どうしたの?」
熱心に何かを読む双子の後ろで『境界図書館館長』クレカ(p3n000118)は抑揚のない声音で首を傾けた。
「クレカ! おっと館長。聞いて欲しいんだ! これは目に見える成果だよ!」
「館長は、べつにつけなくていい……」
「ごめんよクレカ、つまりイレギュラーズが世界のあわいに革命的なさざなみを発生させたんだ」
テーブルに手を突いたまま興奮気味に振り返ったカストルの言葉は、ひどく観念的で要領を得ない。
「すごいすごーい! すごすぎてほんとうにすごいんだよー」
両手を振りはしゃぐポルックスの言葉は、ひどく感情的で曖昧だった。
だから元来コミュニケーションが不得手なクレカは、もう一度反対側に首を傾げることにした。
「どうすごいの……?」
「これを見てほしい。境界深度に目に見えた変化があったんだ」
クレカはカストルが示す一枚の板をのぞき込む。そこには境界深度を示すグラフが刻まれており今も緩やかに上昇を続けていた。
そもイレギュラーズが異世界を冒険する目的とは何か。
過日そのように尋ねたイレギュラーズに、カストルはまず『境界深度』を高める事を提案した。
イレギュラーズがどれだけ異世界を冒険したか、つまり境界深度の高まりは、無辜なる混沌(こちら側)に新たな『可能性』を肯定させる。
例えば精霊種や秘宝種と呼ばれる種族がこの世界に『固着』したように――
異世界での冒険は、こちら側にパンドラを蓄積させ、時に珍しい漂流物を持ち帰ることもある。
ともあれイレギュラーズは、鉄帝での大事件が過ぎ去ったばかり。この境界での冒険の他、絶望の青をめぐる海洋王国での大航海に、深緑(アルティオ=エルム)での妖精を襲うモンスターとの交戦と、大忙しなのであった。
「それで何がおきたの?」
双子の説明をさっぱり飲み込めなかったクレカは戸惑い、もう一度尋ねる。
「この新しい可能性は、異世界での活動と密接にリンクしている」
カストルの話を要約すると、ライブノベルでの体験が現実にフィードバックされる純度が上昇したらしい。
「よくわからない」
「そうだね、けど。僕達には分からなくても、イレギュラーズはきっと体験してくれるはずさ」
自信満々に胸を張るカストルへ向けて、クレカは最後にもう一度だけ首を傾げた。
――ライブノベルラリーが解禁されました。
――ライブノベルの取得経験値が基礎75%(難易度EASY相当)から、90%に引き上げられました。