美しい白銀の翼をはためかせ、一人の女が舞い降りた。
日差しから逃れるように、薄布を目深にかぶる。
砂漠の顔色は気まぐれで、過ごしやすいとはとても言えないが――これがラサの冬だ。
もっとも夏であればそもそも『飛ぶ気にすらなれない』訳だが。そんな事はさて置いて。
彼女が踏み入ったのは小さな酒場である。
雑然とした空気を切り裂くように鋭い視線が奥の席から投げかけられた。
獣種の男三人の存在感は何処にでもある酒場の風景を別の物に変えるかのようである。
「待たせたな。まずは詫びよう」
女――竜胆・カラシナは涼しげに言うとカウンターからショットグラスを受け取り、奥へと歩んでゆく。
「いいや、今始まった所だぜ」
答えたジョニー・マルドゥ等の前には既に十数本の空瓶が並んでいた。
「練習をな。しておったのよ」
そう続けた『白牛』マグナッド・グローリーが豪快に笑う。
「聞かせろ。竜胆」
「ああ。大方の予想通りで間違いない」
腕を組む『凶』ハウザー・ヤークの問いに、カラシナが答える。
「成る程ね。食い応えがありそうで結構じゃねぇか」
ハウザーは不敵に笑い杯を煽った。
「まあ座れ竜胆。落ち着かん」
「ん? ああ」
カラシナも小さなグラスをひと息に煽ると、椅子に腰を下ろす。
今日、この小さな酒場に集まった四人はそれぞれラサの傭兵団の代表である。
『凶』のハウザー・ヤークは言うまでもなく、それ以外についてもひとかどに名前が知れている。
ラサ『傭兵』商会連合の歴とした一員、重要なるパーツの一という訳だ。
そんな彼等の議題は幻想から落ち延びてきた『新生・砂蠍』の残党共の討伐についてであった。
敵がどこに潜伏しているのか。
数はいくらか。構成はどうなのか。
そういった戦略的情報の交換と、子細な協力体制の構築が行われているのである。
傭兵にとってこの案件は国内の治安維持に相当する。外貨は獲得できない。要するに『儲からない仕事』ではある。だが元はと言えば『砂蠍』は彼等の獲物であった。他国に逃してしまった経緯もあり、話題への熱量は高いのは言うまでもない。かの砂蠍は彼等にとっても仇敵であり、煮え湯を飲まされた回数はお互い様。損得以上の動機は十分所か、十二分さえ超えている。
「ま。馬は馬方、蛇の道は蛇だな」
「なんだ『白牛』の。今日に限って奥手じゃねえか。腰にでもキてんのか?」
「がっはっは!」
茶化したハウザーに、マグナッドはもう一度豪快に笑った。
カラシナの情報によれば砂蠍残党共の中に、魔種が紛れ込んでいるらしい。
いかに勇猛な傭兵とはいえ、『原罪の呼び声』を持つ魔種は戦いたくない相手であることに違いはないが。
それだけでは彼等が剣をとらない理由にはならない。第一、生半な戦士など認めぬ傭兵達が、切った張ったの荒事を余人に委ねるなど、到底あろう筈のないことでもある。
ならば何故――その答えは恐ろしい程に簡単(シンプル)だ。
「見たくて見たくて仕方ねえって顔だぜ」
「違いない!」
つまり彼等の目当ては『噂のローレット』そのものでもあるという訳だ。
「細けぇこたあ、後で決めりゃいい。おい姉ちゃん!」
「はいはい、いつものね」
傭兵達の合意は幾つかの思惑を孕む。
餅は餅屋、乗りかけた船に乗せちまえ、或いは見物半分、面白半分。
ハウザーに言わせれば「キングが討ち取れねえなら、そんなもん。俺が出る程の事って言えるかよ」。
もっともその言葉は『実際にキングを討ち取った連中』への負け惜しみも半ば含んでいる。
全くもって特異運命座標というのは『総ゆる運命を吸引する』。まさに特別なのだろう。
傭兵が誰ぞに傭兵稼業を『依頼』するのは稀有な機会ではあるのだが――