イリス・アトラクトス(p3p000883)とその父・
エルネストの逃避行はそれ自体がチャンスとなった。
二人の『救援信号』より存在が明らかになった『アクエリア』――既に冠位嫉妬アルバニア麾下の魔種勢力が巣食っていると思しきその島は、成る程。ギリギリの綱渡りを続け、未だ此度の大号令成功の火を消してはいない海洋王国が――ローレットが一連の作戦において求めた『拠点となり得る場所』であった。
「主力部隊とローレットが『島』の攻略に移っている!
我々に出来る事は彼等の援護であり、我々に出来る制圧である!
出し惜しむな。ここが正念場だ! 退かず進め! この大号令が『海洋王国のもの』だと忘れるな!」
揺れる甲板で断固とした指揮を執る。提督であるゼニガタ・D・デルモンテが声を張った。
潮風にやられて喉は既に枯れている。だが、全身に意気を漲らせる彼は高揚にすら支配されていた。
新鋭の軍艦を木っ端のように揺らす狂王種の巨体を前にしても怯んでいない。
砲撃を次々撃ち込み、飛行部隊より炸薬を落とし。
取りつかんとする大烏賊の触手を手にした剣で切り払う。
将校も一兵卒も変わらず、そこは崇高なる戦場であった。
これまでに散った幾多の英霊を背負わねばならない。
『初めてここまで到達した彼等にはその責任があったからだ』。
しかし、刻一刻と姿を変える『最悪の海』は幾多の想いを呑みこみ藻屑と変えてきた絶望の体現である。
「父さ……じゃなかった、提督! 二時の方角、『幽霊船』が出現! どうするね!?」
「『ドレイク』か――!」
娘であり、本作戦に参加する軍学生――タテゴト・E・デルモンテの報告を受けたゼニガタが重く唸る。
歴戦の提督である彼は幾つもの戦場を越えてきた。修羅場も十二分に知っていた。
しかし、前方の魔種、狂王種。後方のドレイクと来ればさしもの彼も心穏やかにはいられない。
「相手の出方を伺う! 連中は化け物よりも頭が切れる――油断するなよ!」
「但し」とゼニガタは言葉を続ける。
「我々には死ぬ選択肢はあっても、ここより撤退する選択肢は無い!
死しても譲らぬ。『我等のライン』を一歩たりとも破らせるな!」
アクエリア周囲に展開された海洋王国の軍艦は島攻略の為の楔である。
突破の為の部隊、上陸部隊、安全は彼等によって担保されていた。
「アイアイサー! こりゃ納得の――最高の命令さね!」
タテゴトがおどけて言ってカノン砲に次弾を装填した。
退けば彼等の命運は風前の灯だ。故にゼニガタは、クルー達は死力の覚悟を決めている。
――伝説だか何だか知らないが、来るなら来い――
今を生きる勇者が過去の亡霊に敵わぬと一体何処の誰が決めたのだ!?
「ドレイク! 準備は整ったぜ!」
旧海賊連合旗艦ブラッド・オーシャン。
彼方で交わされる激しい戦いを遠目に眺め、顎鬚を指でしごいたドレイクにバルタザールが声を掛けた。
ブラッド・オーシャンは十隻の幽霊船を率いて、今この戦場に第三の勢力として参戦せんとしていた。
「ご苦労様。バルタザール、分かってるね?」
「……ああ。至極不本意だが――アンタの命令には従うよ」
念を押したドレイクに渋面のバルタザールが頷いた。
その肩をポン、と叩いたドレイクは宥めるように言葉を続けた。
「そりゃあ君にとっちゃ恨み重なる宿敵共だ。『味方をしたくない気持ちは分かる』がね。
それは吾輩にとっても同じ事。君には納得づくで戦って貰いたいね。
これも全て――吾輩が、否。この大海賊船のクルー全てが。やがてもぎ取る黄金の果実の為なのだから!」
ドレイクはバルタザールに自身の来歴の全てを語っていない。
されど、バルタザールはその幾ばくかを『察して』いる。
自身の高祖父――クリストロフ・カバニーリェスの物語を、その最期を知っていれば。目の前で飄々と笑う男が如何なる闇を抱えて百年以上もの間、この海に揺蕩っていたのかは分からない筈も無い。
(まるで亡霊だ。亡霊だが――)
その虚無をバルタザールはどうしても否定する気にはなれなかった。
バルタザールが夢物語に憧れたドレイクが、ここに居る。
自分は今――父に、パスクワルにせがんで聞いた伝説に触れている。
それだけで、ドレイクの語る荒唐無稽(ゆめものがたり)すら、本当になるような気がしていた。
「聞いたか、テメェら! 敵は――」
バルタザールは大きく息を吸い込み、
「――敵は、その辺を泳いでる狂王種に、魔種共だ!
釣りは出すなよ。全弾目一杯にくれてやれ!
人間様の、ブラッド・オーシャンの恐ろしさを化け物共に叩き込んでやる!」
強く、そう号令した。
この海に、この国に産まれた以上――反吐が出る海軍共と変わらない。
ドレイクの望みは、自身の望みは『絶望の青』の踏破である。
宿敵(かいぐん)を、いけ好かないローレットを出し抜いて、連中を叩き潰して。
自分達がこの海を征服するのだと思えば、この程度の貸しは許されようと。バルタザールはそう考えた。
「それでいい。何せ連中には『アルバニアを引きずり出して貰わねばならないのだから』ね」
ドレイクは満足そうに頷いて酷薄に笑う。
先の『試験』は十分だった。
あの島を落とし後半の海で辛抱たまらなくなったアルバニアを引きずり出す――
自分一人では難しいが、彼等の勢いがそのお膳立てを完成する。
その先は簡単だ。海洋王国を殺し、イレギュラーズを殺し、魔種を殺す。
(絶望を征服し、その勝利をエリザベスとクリストロフに捧げよう――)
血生臭い覇気が爛々と燃えていた。
「ドレイク!」
「分かってるよ」
警告は一瞬。応答はそれより早い。
彼方より飛来した『何か』を身を翻して避け、返し身のフックでそれを甲板に叩きつける。
「三下が。誰がこの船への乗船許可を出したのだ?」
見下ろした先で怒りの声を上げた魔種に次々と弾丸が突き刺さった。
「しっかり掃除しておいてくれたまえよ。吾輩はこれでも綺麗好きなのだ」
綺麗好きだから――全てを『掃除』しなければいけないのは言うまでもない!
※ゼニガタ提督が奮闘しています!
出現したドレイク及び幽霊船団は魔種勢力と戦闘を行っている模様です!