#author("2019-08-21T21:51:16+09:00","","")
*TOPログ [#z60377d3]
#author("2020-10-31T15:16:28+09:00","","")

**ジーニアス・ゲイム [#j53587fe]
 蠍の動乱、鉄帝国(ゼシュテル)の不穏な動き――
 蜂の巣を突いたような大騒ぎはこの所の幻想の日常である。
 しかし物事には何事も例外というものがあるらしい。
 幻想北部、荒れた世情とは裏腹にあくまで凪を気取る商都サリュー。その中心に存在する邸宅は今夜も一分の乱れもない完璧な瀟洒さを保ったままだった。人々は口々に館の主を讃えたものだ。「流石、クリスチアン・バダンデールだ。蠍の被害も未然に食い止めたらしいし、その采配に任せておけば安心だ」と。
 そんな穏やかな屋敷の一室で穏やかならぬやり取りをする人物が二人。
 片方は噂の屋敷の主であり、もう片方は彼が特別に雇い入れた客将である。
「さて、蠍は南部を幾らか抑えたようじゃが――これは主の予定通りか?」
「思った程じゃないな。それは例の盗賊王も同じ感想かも知れないが」
 死牡丹梅泉の言葉に肩を竦めたクリスチアン・バダンデールは然程面白くもなさそうな顔をしていた。
 シャウラ事件で一斉に幻想南部を攻撃した新生砂蠍は、幻想貴族が北部戦線――即ちゼシュテルとの国境防衛ラインである――に釘付けになっているという『偶然』の利もあり、有利に事を進めると見られていたが、蓋を開けてみれば幻想側の被害は小さくないにせよ限定的に留まったという。かのローレットの活躍を以て。
「冴えぬ顔をする。自信家の主には珍しいな?」
「冗句の心算か、バイセン。しかし君は下手くそだな」
 口元を歪める梅泉にクリスチアンは続けた。
「まぁ、予想より勝たなかったのは事実だが――想定内なのも確かだ。
 こちらとしても彼等の実力は測っていた心算だし――結果は称賛こそすれ、大きく驚いて見せる程の事も無い。彼等が優秀なのはとっくに分かっている事だから」
「と、なれば?」
「まぁ、盤面はあくまで私のコントロール下にあると言えるだろうね。
 冴えない顔、とはご挨拶だが――私の顔の作りは元々こんな風でね。
 だから、そうだね。例えばアンニュイな顔をする時には演技の必要がなくて、気楽だ」
「主の方は冗句が上手いな」
 梅泉はカッカと笑い、クリスチアンも今度はそれに薄く笑んで応じて見せる。
「じゃが、どうする。『思った程は陥落しなかった』のは事実。
 幻想貴族とて無能に弱兵ばかりではない。主も含めな。
 王都に危急が迫るともなればそれは必死で守らせもしよう。
 北部戦線が不穏止まりならば、そろそろ主力が引き返し始める頃であろうよ。
 如何に蠍が『何者かの支援』を受けていたとして、国軍と正面から当たれば荷も勝とう。
 まぁ、わしはあの蠍の親玉と一戦交えられると思えば――歓迎まである、所じゃが」
 成る程、『何者か』の差配により鉄帝国の軍事活動は活発化している。
『何者か』は敢えてそれを幻想側に気取らせる事で、ここまで主力を遊兵に変えていた事は事実だ。しかして、鉄帝の主将はかの名にしおうザーバ・ザンザ。簡単に謀れる相手では無いし、このまま彼が動かぬのであれば北部戦線の主力も一部守備を残した上で南部討伐に取り掛かるだろうと推測出来る。チェス・ゲイムを嗜む『誰かさん』はそんな事に気付いていない筈は無い。
「ま、問題はない――と言っておくよ」
 梅泉の言葉にクリスチアンは指摘を問題とも捉えていない様子に見えた。
「想定内だから」と言わんばかりの態度は何時もの通りであり、この男は万事がこんな調子である。
「『そろそろ、ザーバは動きたくなる筈だから』」
 自信満々の言葉に「ほう」と眉を動かした梅泉が、不意に鼻を鳴らした。
 一瞬後に『片手で』抜刀。『片目はやはり閉じたまま』。
「――!?」
「キエエエエエエエエエ――!」
 目を見開いたクリスチアン目掛けて裂帛の一閃を振り下ろす。
 妖刀が放つ赤い軌跡――飛ぶ斬撃は身をかわしたクリスチアンの後方まで届き、部屋の壁をまさにぱっくりと割り開いていた。
「……とんでもない事をするな。下手をすれば死ぬ所だ」
「感謝せい」
 もう一度鼻を鳴らしてソファにどっかと腰掛けた梅泉は顎で壁の向こうをしゃくる。
 そこには体を上下真っ二つに分かたれた『見知らぬ使用人』の姿があった。
「うん? ゼシュテルの手の者かな。幻想側から探りを受けるとは思えないし――」
「ザーバの名で気が揺れた故、恐らくな。流石といった所か。
 尤も、主が容疑者であるというより――広く情報を集めているだけじゃろうがな」
「……おいおい、それならスパイの未帰還で立派な容疑者じゃあないか」
「知らぬわ。勝手に言い訳なり考えよ」
 興味すら無さそうな梅泉にクリスチアンは嘆息する。
 全く忠実さの欠片もない護衛だが――その武力は些か狂気的である。『戦った所で大抵の相手に負けない自信はある』クリスチアンですら気付かなかったそれを彼は一瞬で嗅ぎ付けたのだから――
「……まぁ、信頼しているよ。実際の所」
 クリスチアンが気を張らないのは梅泉がそこに居るからだ。
 ――この場所から情報が漏れる事等、この先も万に一つも有り得まい。


 密やかなるサリューの謀議――一方、その頃事態は更に加速する……!


※幻想南部を舞台にイレギュラーズと新生砂蠍の間で激戦が行われました。
 イレギュラーズの善戦により多数の戦場で砂蠍は撃退されましたが、幾つかの拠点が失陥しています。
 又、何名かのイレギュラーズが帰還していないようです……


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