#author("2020-02-08T18:06:43+09:00","","")
*TOPログ [#q2e553e7]
#author("2020-10-31T16:46:08+09:00","","")

**ブラッドオーシャン・ディプロマシー [#v4483b39]

「由々しき事態だ!」
 吐き捨てられるように飛び出した大声が冷たい潮風を吹き付ける甲板に虚しく響く。
 それは一帯のならず者の有力者を集めた海賊連合旗艦『ブラッドオーシャン』である。
 この程始まり、勢いを増す海洋王国大号令に関わる対応を会議する議場は大変な程に荒れていた。
「『大号令』以降、王国威信の名の下に王国海軍の動きは活発化してやがる。
 あのローレットも巻き込んで軍事力を強化した連中は外海征服の足掛かりに近海掃討を強めてやがるんだ。
 やり過ごそうにも連中の目的は外洋征服の途中に邪魔をされない事、だから手を緩めるなんて有り得ねえ」
 海賊団『トライデント』の首領――バルタサールが髭面を顰めてそう言った。
「徹底した殲滅をってか。舐めやがって。目にモノ見せてやれ!」
「座してやられる俺達じゃねえぞ!」
 武闘派として鳴らす『海蜘蛛』ラモンと『屍鴎』カルネロが気炎を上げた。
 大号令以降、彼等の本隊は活動の縮小と警戒を余儀なくされ――その実傘下とも言える中小の海賊団は相当数が海洋海軍の拿捕、撃沈の餌食になっているのが現状だった。海賊達のフラストレーションは極めて高く、元々荒くれ者達の集まりなのだ。彼等が持ち前の武力を持ち出して官憲と対決姿勢を取らんとするのは或る意味で必然であった。
 しかし。
「……だが、勝ち目があるか?」
 議長たるバルタサールの冷静な言葉に海賊達は何れも咄嗟に返す言葉を失っていた。
 大号令以降、王国の工廠はフル回転を続けているという。
 その上、増税に臨時税が加わっても民草からは不満の一つも生まれていない。
 その時王国が軍民一体となり大事業に向かうのは古株のバルタサールは嫌と言う程知っていた。いやさ、先代――彼にとっては実父に当たる『黄昏』のパスクワルが討ち取られ、当時の『トライデント』が壊滅の憂き目にあったのも前回の大号令だったのだから骨身にまでも沁みている。
「俺達の方針は二つに一つか。
 まず、現在用意出来る海賊連合の主力を固めて王国正規軍を迎え撃つプラン。
 ジリ貧の前に連中の主力艦隊――出来れば『アルマデウス』が最高だ。
 コイツを叩きのめして俺達の力を知らしめる。
 二つ目は極力静かにして残せるだけ勢力を残すってやり方だが、当然コイツは気分の方が最悪だ」
「戦わないで負けてこの先稼業が出来るかよ、赤髭よ!」
「……とは言え、連中の目当ては外海だ。庭で逃げ回る俺達を捕まえられるモンでもない」
「どっちにしても損しかねぇのがうんざりだが」
 バルタザールの言葉に一同はいよいよ紛糾する。
 海洋王国の近海を我が物顔で庭にしてきた彼等にとって戦わずしての敗北は受け入れ難い屈辱である。
 だが、勝ち目という所を突かれればやはり辛い。
「一体どうすりゃあ……」
 戦えば勝機は薄く、逃げ回れば士気の低下による離散、崩壊。
 不自由な二択は普段それを突きつける側の彼等にとっては承服しかねる難題であった。
「――では、お困りの諸君に吾輩が素敵なアイデアを授けよう!」
 八方塞がり、何れも困り顔の首領達の耳に『聞き慣れない声』が届いたのは議論がすっかり煮詰まったその時の事だった。
「アイデアであり、情報。だが、アイデアも情報も素材それそのもののままではとても食えたものではない!
 喜んで良いぞ、名だたる首領諸君達! 少なくとも君達ならば吾輩の話を活用する程度の力はある!」
「何だテメエ!?」
「お見事。流石に『屍鴎』だ。吾輩で無ければ泣いて謝ってしまう所だろう」
 振り返ったと同時に独特の曲刀を抜き放っている。
 見慣れぬ長髪の海賊に警戒心と殺気を迸らせるカルネロは相当の手練れである。
 敵対者の悉くを恐怖に染めてきた彼の威圧を受けながらも、武器さえ抜かず両手を開き、『さも友好的です』といった顔と風情を崩さない海賊(かれ)は全く平常のままであった。
 元よりこの旗艦『ブラッドオーシャン』の位置は厳重に秘匿されている。
 それぞれの首領が乗り付けた各々の軍艦が周囲を覆う形で警戒態勢を取っている状態だ。
 本来ならば部外者が入り込めるような場所では無く――
「……どうやってここに来た?」
 ――故にラモンの問いはほぼ全員の代弁となっていた。
「簡単だよ。諸君の船は大き過ぎる。諸君が警戒するのは王国正規軍故。
 ほら、そこから見下ろしてみたまえ。そこに小舟があるだろう? 軍艦の前では笹舟のような。
 それで吾輩はやって来たのだ。撃たれてはかなわんから、実に慎重に――コッソリと、である!」
「食えない奴め」。言葉の真偽は分からねど、苦笑して呟いたラモンは続けて「何者だ」と問うた。
「良くぞ聞いてくれた。吾輩は絶望の航海者。この大いなる海を股にかける大海賊(ドレイク)なり!」
「……」
「……………」
「……………………」
 海賊の名乗りに思わず顔を見合わせて沈黙した一同は一拍の後に場違いとも言える大爆笑の渦に包まれた。
「ジョークが上手いな、お前!」
「いや、最高だ。少なくともこのクソしみったれた場に笑いをくれたのは感謝するぜ!」
「……あ、信じてないねェ。ま、兎に角海賊なのは本当ね」
 笑顔のまま頬をポリポリと掻いた自称ドレイクは気分を害した風も無く肩を竦める。
「それでそのドレイクさんが俺達に何の用だ? いや、当面の敵じゃねえのは分かってる。
 招かれざる客が面を出したのは気に入らねぇがな、お前、殺し慣れてるだろう?
 匂いで分かる。お前も間違いなく海賊だ、それも俺達寄りのな」
 バルタザールの鋭敏な嗅覚に『ドレイク』は目を細める。
「話だけは聞いてやろう」
「そうこなくちゃ。流石にパスクワルの息子だねェ。良く周りが見えてる。海賊提督の器じゃないか」
「……親父の知り合いなのか?」
「古い、ね」と返した『ドレイク』はたっぷり勿体をつけた後、『重大情報』を話し出す。
 茶々を入れる事も忘れた海賊達は彼の話に聞き入り、唯々感嘆の溜息を漏らすばかり。
 成る程、彼等が選ばざるを得なかった望まぬ選択肢二つは、どうやら三つ目を得たようだった。
「ま、吾輩を信じるかどうかは『賢明なる』諸君次第だが?」
 人好きのする笑顔でそう語った彼を仮に信じるとするならば、の話ではあるのだが――

&br;
''※海賊連合が会合を持ったという噂が流れています……''


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