#author("2019-10-26T02:42:24+09:00","","")
*TOPログ [#zdb8d938]
#author("2020-10-31T16:27:31+09:00","","")

**ホワイト・カーネーション [#kb4df3a0]
 外の世界の者も信用出来るのだと『最初』に信じたのは私ではなかった。

「――そうですか。ラサではザントマンの正体に辿り着きつつある、と」
「ええ。恐らくもう間もなくその辺りの仔細がこちらにも届くかと……ただ、問題は……」
 大樹ファルカウの内部。深緑の指導者たるリュミエ・フル・フォーレは、深緑を護るレンジャー部隊の長であるルドラ・ヘスの報告を受けていた。主題となるは『ザントマン』事件の話。
 幻想種達が不当に奴隷として売買されている事件の解決にも少しばかり光明が見えてきた……という話をしているのだが、ルドラの表情は些か明るくなく。
「深緑内部での声が問題です。『国境を再び閉鎖すべきでは?』という声が広がっている次第でして」
「……民が危険に晒された不安からですか」
「はい。幸いというべきか、まだそこまで激しい主張ではありませんが……」
 深緑はかつて閉鎖的な国家だった。今も決して外に対して交流的とは言い難いが、今よりも遥かに外への門が開いていない時代があったのだ。
 民が主張しているのは『あの時代に戻ろう』という事だろう。徹底的に内で閉じれば、外からの悪しき干渉など激減する。元より、内で閉じながらも国家として成り立っていた時代が過去にあったのだ。鎖国政策は不可能ではない。
「しかしそれは視野の狭い視方です。『内側に危険が発生しない』事を前提としている。
 ザントマン事件は……そう単純ではありません」
 リュミエは眼を伏せる。まだ確実ではない情報故に民には話していないが。

 ザントマンは『幻想種』である可能性が非常に高い、という報告が上がっているのだ。

 幻想種が幻想種を売り捌いているという問題……これはつまり、他種族・他国家の干渉を排除し深緑だけの幻想種で生活すれば解決する問題ではないという事で。
「……『彼』の懸念はついに現実となったのです。我々の内からも悪しき者は出る」
「彼、とはまさか……」
「クラウス・アイン・エッフェンベルグ」
 リュミエの紡いだ名は、ラサの指導者ディルクの祖先だ。
 かつての時代に外から訪れた彼は……深緑に外界の門を開かせる変化を齎した人物である。
 様々な話をした。外の世界の事、深緑の事。彼は信ずるに足ると判断するまで些かの時間を要したが……その間で出た話の一つには幻想種自身の事もあったのだ。
 それはあくまで要約だが一言で言うと――閉鎖は安全に繋がらない、という旨の話である。
「外界を排せば、確かに外界からの干渉は難しくなります。しかし同時に……こちらから外へ干渉する事も難しく。仮にラサとの同盟が今この時(ザントマン事件)に無かった場合、連れ去られた幻想種の救出と返還がスムーズに進むことは無かったでしょう」
 場合によってはそれこそ戦争沙汰だったかもしれない。
 ディルクが引き受け、世界を跨ぐローレットの協力も得て。
 少なくない幻想種が奴隷売買から救出されているのは、深緑自身が外への扉を開いていたからでもある。
「彼は……この事態を予測していたのでしょうか?」
「いいえ。クラウスはあくまで閉鎖を続けた場合に起こる『かも』しれない理論上の話をしただけ。彼は面白い人ではありましたが神ではありませんでした。だから未来を予測した訳ではなく――ただ、懸念が現実となっただけの話です」
「しかし彼の話を受け入れたリュミエ様も御慧眼でした」
 当時は外へ開く、となればやはり反発があった筈だ。
 人は変化を厭う。今で問題が無ければ尚に、なぜ変わらなければならないのかと。
 されど結果としてはクラウスの話を受け入れたリュミエの判断が幻想種の救出に功を奏している。あの時の判断が無ければ、今の労力は想像を絶するモノになっていたかもしれないのだ――
 しかし。

「私ではありません」

 リュミエは否定する。
「私は……あの当時からも、外にもう少し国を開くべきなのかもしれないという考えを持っていました。ですがクラウス……彼の話を最もよく聞いて、真っ先に彼を信じる事が出来たのは……」
 瞼の裏に焼き付いているのはかの日々の光景。
 クラウスはやってきた。外からの者を信用しない傾向が強かったあの当時。
 それでも彼は深緑に留まって、私の下へ事ある毎にやってきた。話をする為に。

 だけれども。
 彼の下へ話を『聞きに行った』のは私ではないのだ。

 私よりも先に彼に会ったのは。
 私よりも先に理解を示したのは。
 私よりも先にクラウスを――――のは。

 ――あの人は信用できる人だよ。

 もう、行方もしれない私の身内。愛しい私の――■。
「……外へ出て行ったあの子は、元気でしょうか」
 瞬間。ふと見た足元、そこに一輪の花が咲いていた。
 大樹ファルカウの下に生まれた季節外れの――ホワイト・カーネションだった。



大規模な事件が立て続けに発生しています。
イオニアスの北伐を阻止するため、ローレットが動き出しています。
ユリーカレポート『ザントマン事件』が公開されました。


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