#author("2019-08-21T21:50:31+09:00","","")
*TOPログ [#s0137e86]
#author("2020-10-31T15:16:53+09:00","","")

**北部戦線・動 [#ded6aecb]
 幻想鉄帝睨み合う北部戦線。
 鉄帝側主将――ザーバ・ザンザの下にその報告が届けられたのは寝耳に水の出来事だった。
 帝都の宰相バイルから送られた使者と手紙は彼の強面を一層厳しいものにする情報が詰め込まれていた。
「……スチールグラード近郊の穀物庫が焼けた、ですって?」
 副官の確認に使者は頷く。
 強張った彼の表情がこの事実が鉄帝国にとって非常に重大な事件である事を示している。
 一年と国土の大半を寒冷な気候に支配されている鉄帝国は経済的な逼迫の上で成り立っている。強靭にして生命力に溢れた鉄帝国の民――多くは過酷に耐性を持つ鉄騎種である――はそれでも力強く精強な帝国を保持してきたが、その気候風土の影響から帝国は冬への備えを他所の国以上に厳重に行ってきた。越冬への準備を邪魔する事、これの盗み等を行う事は帝国では最大の禁忌と見做されている。余程の悪人でも流石に躊躇するような大罪である。
「犯人は挙がっていない、と」
「は。皇帝もこれにはお怒りで……
 宰相の指揮の下、下手人を探しておりますが――発見には到っておりません。
 勿論、帝都も相応の警戒はしていたのですが……
 正直、盗み出す、ではなく焼き捨てる、という発想が余り無かったのは否めません。
 準備は周到だったようで、鎮火も間に合いませんでした。幸いに被害に遭ったのは一棟だけでしたが――」
「ふぅむ」とザーバは思案顔をした。
 ザーバの中に余り考えたくない結論がパズルのピースのように組み上がっていく。
 何とも難しい顔をしたまま、彼は問う。
「報告を待たずしてすまんな。こちらから聞くが、現場に痕跡らしきものは残っておらんかったか?
 例えばそう――レガド・イルシオンが関与しているかのような」
「……将軍、何故それを?」
「まさか本当にあの幻想が……?」
 使者の反応に副官は目を丸くした。
 ザーバはまるで答えを知っていたかのように言った。
 無論、相手は戦争状態の続く敵国だが――幻想は貴族の国家である。彼等が鉄帝国とは違う形でだが、比較的名誉ある戦い――或いは歪んだ騎士道を重んじる事もあり、これまでにこんな搦め手を受けたという事例は無い。或いは幾ら敵国の国力を削ぐ為とはいえ、彼等の一抹の良心がそうさせるのか、最悪の事態を生じれば大量の非戦闘員にまで餓死者を出しかねない『悪辣』には流石に躊躇があったのかも知れないが……
 本当に追い込まれ、化けの皮が剥がれれば何をしでかしてもおかしくない連中ではあるが、それにも少し尚早であろうと考えられた。故に副官はザーバが何故確信を持ったかのようにそう言ったかが知れなかった。
「お察しの通り、現場にはレガド・イルシオンの関与が疑われる証拠が残されておりました。
 一部装備や道具――それらしき品物等、かなり硬い物証がある為、帝都側も尚更怒り心頭なのです」
「……で、あろうな」
 嘆息したザーバは口元を歪めて苦笑いの表情を作っていた。
 幻想広域に放った間者は何れも貴族や有力者から市井に到るまで彼等の混乱を伝えてきていた。
 例の新生砂蠍とやらは彼等を真剣に焦らせるものであり、少なくとも今回の幻想北部侵攻への好機が『幻想という国自体が仕組んだ何らかの罠』である可能性はほぼ消えていると言える。
 だが、同時に――その事実は事件の糸を引く何者かの存在をより強く彼に直感させるものとなっていた。
『動かぬ戦線への当てつけのように鉄帝国の泣き所が焼かれたのであれば、尚更』。
『鮮やかな手並みと相反するわざとらしい証拠が残されていたならば、猿芝居もいい所だ』。
 敵意を煽るという意味でこれ以上の行為は中々無い。
 その何者かが存在するとするならば、余程北部戦線に動いて欲しいらしいという事だ。
「……………」
 だが、押し黙ったザーバはこの仕掛けを単に敵意を煽るだけの狙いと読まない。
 それだけ用意周到な『悪辣』ならば被害をもっと拡大する事も出来ただろう。
 だが、通常の警戒に焼かれたのは一棟。
 厳重警戒になった今、同じ手段は取るまいが――
 次は水源に毒を流す位の事はザーバにさえ思いつく。更にその先は? その次は?
 考えられる危険は、悪意は山とあり――相手が手段を選ばないならば、全てを塞ぐ事は困難に思える。
 要するにこれは何者かの脅し、或いは誘いなのだ。次はもっと酷い事になるぞという――
 ザーバは相手の仕掛けが『自身の知力・判断を計算に入れたもの』とも読んでいた。
「……………サリュー、か」
「……は?」
「いや、何でもない」
 戻ってこなかった間者の事を考えて自然とザーバの口を突いて出た名前だった。
 任務柄、全員が戻ってこない事はままあるのだが――鉄帝国にすら知れた『かの天才、クリスチアン・バダンデール』の名前がどうも気に掛かった。彼の関与は知れないが、鮮やか過ぎる一連の繰り糸は決して凡百には紡げないからだ。
 ……無論、それは単なる直感であり――確実な証拠を帯びた話ではないのだが。
「……帝都へ伝えよ。これから俺が書き出す全ての項目を最優先、最上位の警戒に当たれと。それから――」
 ザーバは眼光鋭く言った。
「――北部戦線はこれより大きく動く事になるだろう、と」
「……っ!」
 全ての判断を帝都に委ねられた将帥の言は、極めて重い。
 大山が動く。その全身に大いなる怒りと絶えない義務を誇りを背負って。
 罠があろうと踏み壊す。全ては帝国の――そして臣民の為、矜持にかけて動き出す。
(思い通りになると思うな。そのやり口を認めると思うな。
 俺は帝国を乱す者を、この卑怯者を絶対に許さぬ。
 全ての糸を千切り、仕掛けを破壊し、全ての暴挙に一つ残らぬ報いをくれてやろう――!)
 その決意を決して口にする事は無く、『不本意な好機』にも気を滾らせる。
 彼こそ、黒鉄(クロガネ)の鉄騎将――帝国最大にして最強の守護神ザーバ・ザンザ。
 不敗不倒の要塞が、今、戦いの時を迎えようとしていた――


※北部戦線が騒がしさを増しているようです。
 幻想南部を舞台にイレギュラーズと新生砂蠍の間で激戦が行われました。
 イレギュラーズの善戦により多数の戦場で砂蠍は撃退されましたが、幾つかの拠点が失陥しています。
 又、何名かのイレギュラーズが帰還していないようです……


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