#author("2020-04-27T07:58:12+09:00","","")
*TOPログ [#o3adad5c]
#author("2020-07-01T11:59:07+09:00","","")

**春の都のファレノプシス [#b9a4b684]
 上へ。上へ。
 まっすぐに手を伸ばす。
 指の隙間から零れるシャンデリアの煌めきは遠い。
「いーい広さじゃない」
 タータリクスは伸ばした手を握りしめた。
「あー、でちゃう。ガッツポーズでちゃいます。オッシャー! オッシャー!」
 宮殿の天井は高くフロアは広い。まさか『ここだけ』は人のサイズとは思っていなかった。

 妖精郷に踏み込んだタータリクス達は、妖精兵や土着の怪物を軒並み蹴散らしながら進撃していた。
 目指すはこの妖精城と決め込んでいたが、道中で使えそうな建造物も探していたのだ。
 錬金術を操るタータリクスは、作業場(アトリエ)を欲していたからだ。
 だが妖精郷の建造物はどれもひどく小さく、居住はおろか作業スペースさえ確保出来そうにない。
 それがまさか、妖精城がこんなにデカいとは。嬉しい誤算と云うやつである。
「他にも探せばあると思うんだけど、ちょっと面倒くさいよねえ。ここでいいよね、ビィー(B)ちゃん」
「好きにすればいんじゃね、あたしはあたしだし」
 しかめ面のまま辺りを伺っていたブルーベルが、気のない返事を返した。
「ボクは苦節三十四年、ついにこの身を捧げて。守るべきものを貞操からハニーに代える時が――」
「キッモ」
「気持ち悪くはないでしょう、身持ちの堅さは美徳だよ。ああ、新婚旅行は六月の海洋がいい」
「あ、そういうの興味ないんで。おっさんのキモみ溢れるご高説とか、聞いてやる暇ないっつうの」
「忙しそうだよねえ。一匹狼のボクが言えた義理じゃあないけれど、宮仕えって大変でしょう」
「別に。助けてーって叫べば助けてもらえる可愛い可愛いクソウザ妖精ちゃんぶっころすりゃいい訳だし」
 デモニア達は共同戦線を張っているが、実のところ目的自体は異なるらしい。
 タータリスクの目的は妖精女王だ。言わずもがな、その後の甘く気色の悪い願望の全てを含んでいる。
 対するブルーベルは『それ以外を好きにしてよい』ことで話が付いていた。
 ブルーベルはブルーベルで、彼女の大いなる『主さま』のために行動している。
 互いが協力し成すべき事はあくまで妖精郷の制圧と、邪魔をしてくるイレギュラーズの撃退だけなのだ。

 ――くせ者だ!

 ――であえ! であえ!

 ――ぐ、ぐわぁああ!

「いいねえ、強いねえ、さすがでしょう! このニグレド! 次こそはアルベドに至るからね」
 人型をした黒色の粘液が、瞬く間の内に妖精兵を蹴散らして往く。
「ンーフフー……どこかなどこかな」
 鼻歌交じりのタータリクスは両手で壮麗な扉を開け放ち――

「みぃーつけた!」
 タータリクスは両手の指を四角に形作り、片目でのぞき込む。
「あああ、やっぱり本物は違うなあ。
 美貌、気品、ちっちゃい! 断然かわいい!
 絵じゃない、絵じゃないよ! マイ・プリンセス! マイ・プリティ・ハニー!」
 タータリクスが声を張る。
 視線の先には豪奢な玉座があった。
 優に人が座れる大きさだが、誰も『腰掛けて』は居ない。
 座面にはいずれも可憐なドレスを纏った数名の妖精達が、ちょこんと乗っていた。
 誰もが恐怖に身体を震わせ、中央の一際豪奢な装いの妖精にすがりついている。女王であろう。
 女王は一人、怯える妖精達を尻目に侵入者へ、抜き身の刃を思わせる視線を突きつけていた。

「控えよ! ここにおわす御方をどなたと心得る!」
 玉座を囲んでいるのも、また煌びやかな装いの妖精達である。
 全員が武装しており、空中で小さな玩具のような剣を構えていた。
「皆、お下がりなさい」
「しかし、女王様!」
「良いのです、下がりなさい」
 一触即発の空気を制したのは、しかし女王であった。
「そうそう。ボク等の逢瀬を止める必要なんてないもんね。
 遅くなって本当にごめん、心から謝るよ。今まで寂しかったでしょう」
 タータリクスは何かを悟ったような顔で玉座へ近寄るが、返ってきた言葉は予想に反したものだった。
「私は女王ファレノプシス。何者です。なぜこのような狼藉を……恥を知りなさい!」
「なにものって……ボクはター君だよ。タータリクス。キミの運命の人でしょう。
 ファレノプシスって、いい名前だけど長いかな。ファリーがいいな。愛してるよファリー」
 女王の顔が微かに引きつる。
「子供の名前は決めてあるんだ。ああけどもちろんキミの意見も尊重しますとも」
 この男は何を言っているのか。
 女王にとっては見た覚えも、聞いた覚えもないのだから当然だ。
 近衛兵を下がらせたのも単に『戦っても結果が見えているから』に他ならない。
 そも妖精郷アルヴィオンは、外界と隔絶されていた空間である。
 初めから心当たりのつけようなど、あろうはずもないのだ。
 もちろん狼藉を受け入れる気はさらさらない。ないのであるが――
「可哀想に、キミはこの羽虫共に騙されているんだね……
 それよりなに、女の子同士で。そんな距離。
 ボクという人がありながら。いやボクが寂しい思いをさせたせいか。
 焼きもち妬かせようとした? かわいいなあ。
 あ、そうだ! イイこと思いついちゃった! ねえ。ボクも混ぜてよ!!」
 ――圧倒的な武力差は、相手からの一方的な暴力を止めることが出来ない。
「嫌! 助けて、嫌!」
「これならほらWINとWIN。相手の気持ちを考えるのって大切でしょう!」
 ゆっくりと近づいてくるタータリクスから逃げるように、侍女達は泣きながら女王にすがりつく。
「助けてやる訳ないんだよなあ」
 妖精達の無力な様を一瞥し、ブルーベルはそう吐き捨てた。

&br;
 ''――魔種達が妖精郷アルヴィオンと妖精の女王を手中に収めたようです……''


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