#author("2019-08-21T18:14:07+09:00","","") *TOPログ [#a509842b] #author("2020-10-31T15:58:21+09:00","","") **紅の花 [#z70d1a00] 聖都が平素の姿を失っている事は明らかだった。 見た事も無い位に世界はざわめき、この戦争に無事に世界を保つ心算が何処までも明らかだった。 (……本当に、酷い有様) ルビア・アークライトの元を『使者』が訪ねたのは暫く前の出来事だった。 使者はかつて夫と共に姿を消した男は、彼の副官を務めた一人の騎士だった。 ――間もなく聖都には危険が迫りましょう。私は御身を任された者です。万に一つの危険も及ばぬよう。 来訪は余りにも突然で、言葉は突拍子も無かった。 だが、随分と暫く振りに彼の顔を見た時、彼の声を聞いた時、彼の言葉を理解した時。 『或いは、ルビアは概ねの真実を理解してしまっていたのかも知れなかった』。 ――貴方はどうしてここに。 ――一体、誰に頼まれたのでしょうか。 ――あの人は、シリウスはこの近くに? 『彼』が聖都を――自身の元を訪れないのだとしたらば、そこには確かな理由があるだろう。 数える程しか思いつかない理由を、可能性の悉くをルビアが否定出来なかったのは、彼女が強く聡い女性だからである。 問いに苦渋の表情を浮かべ、言葉を悩む副官にルビアは苦笑いを禁じ得なかった。 彼はシリウスの生存を否定せず、同時に自身に語る術を持っていなかった。 どんなに信じたくない事実であったとしても、除外された可能性の末に残るのが真実ならば、それは―― ――シリウスは、この聖都を脅かそうというのですね―― それも、自身の前に姿を現す事が出来ないような事情を帯びて。 答えぬ副官はルビアに再度避難を薦める。しかし彼女はこれに頷かなかった。 せめてと護衛についた副官は外で何人かの兵を従えアークライト邸を守っている。 故にこの場所はフォン・ルーベルグの中でもかなり安全な方だというのに。 「本当に、酷い有様」 怒号が、悲鳴が、混乱の喧騒が耳の奥から離れない。 聖都は動乱に揺れ、聖騎士団が敗れれば――全ては終わってしまうのだろうと。 確信めいた予感がある。 (でも……) でも、それでも。 ルビアはこの場所を離れまい。 かつて夫の愛したこの国と戦場へ赴いた息子を信じて。 それは信頼であり、感傷であり、最後に少しの意趣返しでもあった。 再会叶わなかった愛しい人へ向ける、拗ねた彼女の――精一杯の。 ――シリウス。嗚呼、シリウス。私は怒っているのです。 たとえどんな事情があったとて、どんな姿であったとて、私の願いはずっと一つだったのに。 貴方が戻ってきてくれるなら、どんなに危険だって――他に何も要らなかったのに。 紅の花はその花弁に僅かな露を遊ばせた。 滲んだ世界に揺蕩ったその呼び声は――きっともう永遠に届かない。 <リゲル・アークライト (p3p004)の関係者ルビア・アークライト> ※ネメシスの運命を左右する決戦が行われています……!