#author("2020-04-13T00:52:22+09:00","","")
*TOPログ [#pa7951e9]
#author("2020-07-01T12:01:21+09:00","","")

**虹の架け橋 [#x4c9283c]
 深緑(アルティオ=エルム)。
 春先の柔らかな陽光に煌めくステンドグラスは、礼拝堂のタイルに豊かな色彩を描き出していた。
 万人を拒む迷宮森林にそびえる大樹ファルカウの麓に、アンテローゼ大聖堂はひっそりと佇んでいる。
 平素は祈りと迷い人を保護する為に活動している聖職者達は、この日大忙しの様相であった。
 茶を配り、ベンチへ案内し、話を聞く――内容こそ普段とは変わらぬが、疲労の原因は別にある。
 礼拝堂をやんやと騒がせているのは小さな妖精達であったのだ。

「あーすまない、まずは順番に頼めるだろうか」
 居合わせる『迷宮森林警備隊長』ルドラ・ヘス(p3n000085)は、珍しく困惑の表情を見せている。
 妖精達はいずれもみな酷く混乱しており、訴えてくる内容がまとまっていないのだ。
「大丈夫よ。そこに座って、落ち着いて」
 そう言った『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)は、忙しない様子で飛び回るストレリチア(p3n000129)を両手でそっと捕まえると、ベンチの背もたれに座らせてやった。
 それからフランツェル自身も腰を落として、ストレリチアと目線を合わせる。
「まずは、はい。優勝出来るお茶よ」
「――っ!」
 ストレリチアは小さなカップを両手で抱えると、こくこくと喉を鳴らし始める。
「ぷっはぁー!」
 続く大きな溜息は柑橘と蜂蜜の香りがした。
「少し落ち着いたかしら?」
 優しく首を傾げたフランツェルに、ストレリチアは力強く頷き、顔をくしゃりと歪めて涙をこぼす。
「えっ、えぅ……こっちに……逃げた子も居て、あっちに……居る子も、居て、あのね、あのね……」
「大丈夫。ゆっくりでいいわ」
 ひとしきり泣きじゃくり、フランツェルの衣類に涙やらなにやらを擦り付けたストレリチアは、しゃくりあげながらもぽつりぽつりと話し出す。
 語られた情報は、事態の風雲急を告げるものであった。

 集まった妖精達から聞いた話を纏めるのは、骨が折れる作業ではあったが――
 要約するならば『魔種の軍勢が妖精達の故郷を襲撃した』らしい。
「羽が生えたやばい女の人が来たの、あとね、あのね」
「片方だけの眼鏡のおじさんが、怪物をいっぱい連れてきたんです」
「私達を羽虫って呼んで。それで女王様のお城に怪物が一杯向かっていって」
「帰るのもできなくなってて……おうち今どうなってるんだろ……怖いよ……」
 魔種タータリクスとブルーベルが大量の魔物と共に、突如アルヴィオンに現れたと云うのだ。
 妖精郷アルヴィオンと深緑の迷宮森林を繋ぐゲート『アーカンシェル』は大部分が破壊されてしまった。
 ローレットのイレギュラーズが守り抜いたものは少なくないが、現在は機能不全に陥っているらしい。
 こちら側に居る妖精達は故郷に戻る事も出来ず、非常に困っている訳である。

 深緑ではこのところ妖精郷アルヴィオンと深緑の迷宮森林とを繋ぐゲート『アーカンシェル』が魔物に襲撃される事件が多発しており、深緑はローレットと共に事件の解決を続けていた。
 海洋王国では『絶望の青』の大航海が続き、鉄帝国では大事件を解決したばかり。更には全世界で発生した『神隠し』事件の対応と、イレギュラーズも大概忙しいものであるが、さておき。
 アーカンシェル襲撃事件はブルーベルと呼ばれる魔種と、こちらもおそらく魔種であろう片眼鏡の男タータリクスによって引き起こされている所までは情報を掴んでいた。
 いたのだが――

「早いね、いささか早すぎる。いわゆる魔種(ひとでなし)の所業って所なんだろうネ」
 肩をすくめた詩人ライエルが呟いた通り、事態は深刻な方向に走り始めたらしい。
「この間の調査とやらはどうなったんだ?」
 一連の事件を解決する依頼の中で、ライエルはその一つに同行を申し出ていた。
「ああ、あれね……僕ぁ本当はアーカンシェルを保護する術詩を考えようと思っていたのサ」
 だがこの状況では別の手段を考える必要があるとライセルは告げる。
「どうにかならないのか」
「僕だって真面目にやるさ、こんな時ぐらいはネ」
 ルドラが腕を組み、ライエルがギターをつるりと撫でる。
「方法は多くない。こうなればアルヴィオンに行くしかないだろうネ」
「どうやって?」
「喜びヶ原にかける橋を渡るのサ。古い詩の通りにね」
 アーカンシェルは謂わば、このアルティオ=エルムとアルヴィオンとの道をショートカットするものだ。
 その機能を部分的に修繕及び改変して、アルヴィオンへ至る為の空間に侵入することになる。

 ――虹の大橋。大迷宮ヘイムダリオンを踏破するのサ。

 一口に迷宮とは云うが、そこは尋常ならざる危険な空間だ。
 通常の迷宮ならばまだしも、場合によっては荒唐無稽なフロアを踏破する必要も生じるだろう。
「でもサ。かの伝説の果ての迷宮。そして境界世界さえ旅する彼等(イレギュラーズ)なら、ネ」
 そうした『異常な空間』に対するノウハウを持っているだろう。
「ゲートの鍵になる詩は、僕が今から急いで考えようじゃあないか。
 調査と調律はこの間の依頼でローレットの勇者達に手伝ってもらえたからサ。
 いやさ本当に助かったんダヨ。ってなワケで、君等は依頼書を準備しなくちゃダネ」
 伝承によれば大迷宮は『虹の宝珠』を集めることで、奥への道を開くらしい。
 イレギュラーズは宝珠を集めながらリレーのように次々と挑む必要があると云う。

「おねがい、助けてなの。ローレットの人達にお願いしてほしいの……」
 べそべそと泣くストレリチアを撫で、フランツェルとルドラは頷きあった。
 急ぎ依頼書をしたためねばなるまい。

 ''――深緑から多数の依頼が発生しています。''


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